未来
1863年 7月7日
それは、夏の初めの暖かい日のことだった。
4人はハワード・ヒルズの湖畔に来ていた。
シャーロットとジェラルドは木にもたれ、陽の光を反射して輝く湖を眺めていた。
「私、こんな場所に住みたいわ。ガブリエルのお家みたいに大きな音楽室を作って、好きなだけ歌うの。湖が見えるように、窓は大きいのがいいわ」
「じゃあ、そこにグランドピアノも置いて、僕が伴奏を弾くよ」
ジェラルドはさりげなく、シャーロットが思い描く未来に自分を加えてみた。
そして、それが受け入れられるだろうかと、緊張しながらシャーロットの顔を覗き込んだ。
「楽譜を入れるための大きな棚も置きましょうよ。あなたが作った曲、たくさんあるんだもの。私は、アフターパーティーで聴いた曲が1番好きだけど」
シャーロットは何の疑問もなく、自分の未来にジェラルドを入れてくれた。
「あの曲……、ジョージ・ヘイワードのオペラには使われないことになったんだ」
「……どうして? あんなに素敵な曲なのに」
シャーロットは小さく首を傾げた。彼女のこの仕草が、ジェラルドは好きだった。
「僕から、使わないで欲しいと言ったんだ。だってあれは、君のために書いた曲だから」
シャーロットは、ジェラルドを見つめて微笑んだ。
「ねえ、シャーロット……、もう一度、ちゃんと言わせてくれないか」
お互い分かっていたこととは言え、ジェラルドがシャーロットの部屋の窓に石を投げた時を除けば、彼は自分の気持ちを彼女に伝えたことがなかった。
ジェラルドは、緊張で手が震えそうになるのを抑えつつ、シャーロットの手を包み込んだ。
ターコイズブルーの瞳は、まだ海色の瞳を捉えたままだ。
「愛してるよ、シャーロット。君が愛しくて仕方ない。ずっと、ずっと、一緒にいたい」
シャーロットの微笑みは広がった。
その眩しさに、ジェラルドの心は溶けてしまいそうな気がした。
ジェラルドは、シャーロットの手を握る手に力を込めた。
「僕と、結婚しよう。今は、作曲と劇場からの収入しかないけれど、必ず君を幸せにするよ」
突然の沈黙が訪れた。
ジェラルドの心臓の音だけが大きく鳴っている。
シャーロットは口を開かない。
どうか、イエスと言ってくれ。親元から離れて、僕に全てを任せる勇気を出してくれ。
そんなジェラルドの心の中の声が、実際に聞こえてしまいそうなほどの静寂だった。
不意に、唇に柔らかい物が触れるのを感じた。
シャーロットがすぐそばで微笑んでいた。
ジェラルドも、シャーロットにキスを返した。
ああ、よかった。
2人は、自分が幸せの絶頂にいるのを感じた。
お互いがいれば、他には何もいらなかった。
「新作のオペラを上演するために、ジョージ・ヘイワードとニューヨークに行って、専門家達と打ち合わせすることになったんだ。3日後に向こうへ旅立って、1週間程滞在してから戻ってくる。その後すぐに式を挙げよう、いいかい?」
シャーロットは何か言おうとして口を開け、一度閉じてからまた開けた。
「何て言えばいいのか……。幸せ過ぎて言葉が出てこないの。式が待ちきれないわ。ああ、私……」
シャーロットは再び言葉に詰まった。そして、キュッとジェラルドに抱きついた。
ジェラルドはシャーロットの肩を撫でながら、幸せを噛みしめた。
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