愛するあなたに贈る歌

Quill pen

第1幕

プロローグ バルコニー

※※※


 真紅の幕が厳かに開けられた。客席から、何千人分もの拍手が送られる。


 舞台の中央には1人の若者が立っていて、上手かみてに組まれた邸宅のセットの2階で書き物机に向かって羽ペンを走らせる乙女を見つめている。


 若者は邸宅の窓に向かって石を投げる仕草をした。

 それに合わせてオーケストラ・ピットのパーカッションがコツンと音を鳴らす。


 しかし、乙女は気がつかない。


 再び、若者は石を投げた。


 今度は乙女も気がついて、バルコニーに出ると、柵から身を乗り出した。


「窓に小石をぶつけたのはどなた?」


 乙女は誰もがうっとりと聞きほれるような声で尋ねた。

 鼻筋の通った額に赤みがかった金色の巻き毛がかかり、カールしたまつ毛に縁どられるターコイズブルーの瞳を隠した。


「僕だ」


 若者は答えた。

 ここから、レチタティーヴォ(セリフを語るように歌う)が展開される。


「なぜ、こんなことを?」


「”ハーイ”と言いたかったから」


 乙女は形の良い眉を怪訝そうにひそめた。


「君の一家が僕の家の隣に引っ越してきてから2週間たつ。なのに、僕たちはお互いの名前も知らないなんて」


「必要ありませんわ」


 さっさと部屋に戻ろうとする乙女を引き留め、若者は歌い出した。


――部屋の窓からあなたが見えた

  その瞬間、僕は息をすることさえ忘れていた

  おとぎ話のヒロインよりも美しいあなたの顔と、姫君のように上品な物腰に、私はすっかり心を奪われた……


 しかし、そんな口説き文句を飽きるほど聞いたことのあった乙女は、微塵も心を動かされた様子はない。


「私、正式な紹介もない男性と話す気はありませんの。ごきげんよう」


 乙女は冷たく言って部屋に戻り、絹のカーテンをぴしゃりと閉めてしまった。


※※※

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