第9話 可能性
(こ、これは……)
本当に別人のようだった。
SHFの主人公でもある彼、【ミスト・ラシル】とはまるで違う人物だ。
物語中盤からは戦闘シーンも少なくなく、主人公の活躍によって絶望的状況を乗り切る場面もあるのだが……。
(大丈夫なのか!?)
最初の花は、とにかくゲイルを悪役にさせないことだけを考えればいいと思っていた。
だが、段々と心配事が増えてくる。
「知らない天井だ」
またしても、同じ台詞である。
「ボクは死ぬのか?」
「は?」
「お前はボクを殺す気なんだろ? やれよ……やれえええええええええ!!」
「違うって! ほら、アミルちゃんだって無事だろ! ただの話す花だと思ってくれればいいよ」
「話す花……ハッハッハ! いやぁ、ナイスジョークだ!」
何が面白いのか分からないが、ミストは緊張がほぐれたようで大爆笑していた。
その後、ミストは起き上がると言う。
「ボクの名前は、ミスト。好きに呼んでくれ」
「僕は……花だ。よろしく」
「それが名前なの? というか、モンスターに名前とかあるの? ん? モンスター……?」
またミストの顔が青ざめてくる。
「思い出すな! 名前は……まぁ、なんか成り行きでこうなった。呼びやすいし、結構気に入ってる」
「へぇ! そうなんだ!」
「じゃあ、えーと、ミストきゅん」
「きゅん?」
「違った。ミスト、よろしくな!」
「ああ! よろしく!」
人間時代、“私”の方の花がショタキャラのことを“きゅん”付けで呼ぶ癖があったので、うっかりこの呼び方をしてしまった。
とは言っても、原作のミストは性格的にはショタというイメージが無かったので、そう呼んではいなかったのだが。
◇
「じゃあ、秘密にしておく!」
「頼んだぞ!」
実はこの家は壁が薄く、ミストは先程の会話を全部聴いていたようであった。
これで未来が見えることと、話せるモンスターだということが、また1人の人間に知られてしまった。
「で、ちょっとお願いがあるんだけど、いいか?」
「なんだ?」
「僕の召喚主は、来月君と同じ学園に入学するんだ。少し口は悪いけど、あんまり気にしないで貰ってもいいか? できるだけこっちでも抑えるようにはするからさ」
「分かった! で、なんか分かることない?」
「何がだ?」
「これから起こること! 未来が見えるんだろ?」
「う~ん……あんまり遠いことは分からないなぁ」
ということに、しておこう。
「そっか……」
仕方がない。下手に話して、元のストーリーから大幅に外れて、未来が予測できなくなったら大変だ。
「じゃあ、元気になったし僕はそろそろ帰るよ! お邪魔しました!」
花は2人に未来が分かることと、話せることを秘密にするように言うと、寮に向かって歩き出した。
◇
「ただいま!」
「おせーぞ! もう夕飯食っちまったぞ! って、お前は水だけで良かったんだっけか」
花は、水さえあれば生きることが可能だ。いつも植木鉢にゲイルが水をあげたり、自分で水を垂らしたりしている。
量は少量で良いので、ほとんど食費がかからない召喚獣と言えるだろう。
「どこ行ってたんだ? 言え!」
「ああ。実は……」
言わないと何をされるか分からないので、正直に全て話した。
「な、なにーっ! 家に行ったのか!」
「うん。ミストにも会って来たよ」
「ミストだぁ?」
「この前言った、ゲームって奴の主人公だよ」
「この俺をボコボコにするって奴だな! 許せねぇ!」
ゲイルはこの前の花の話を思い出して、怒りを感じているようだ。
「う~ん。そこなんだけどさ、多分そうはならないよ」
「なんでだ?」
「その……本来の彼と性格が違い過ぎるんだ」
花はゲイルに、なぜそのような性格なのかを話した。
「アミルが死んでねぇからねぇ」
「ああ。おそらくそうだと思う。そして、今のままだとミストの覚醒は難しい」
「ま、そんな弱虫じゃ、仕方ないわな」
相変わらず口が悪い男である。
「だからこそ、頼んだぞ」
「何がだ?」
「戦闘面だよ。ミストが覚醒しないとなると、かなり厳しい戦いになる」
「戦い? 退学になんなきゃいいんだろ?」
「いや、違うんだ。これは初めて話すことなんだけど……」
物語が進むと、【ブラッドデーモン】という強敵と戦うシーンがある。
このモンスターは学園を襲う。先生や生徒たちもそれと戦うのだが、ブラッドデーモンを倒すことはできない。
だが、最終的にはミストのスキル進化により、無事に倒すことできるのだ。
「そんなつえー奴がいんのかよ! つーか、スキルの進化がなんでそんなタイミングで起きんだよ!」
「主人公だし……それに、仲間を殺されたからね」
「けっ! つーか、俺もそのブラッドデーモンとやらに、殺されてたのか?」
「いや、そもそも君はその時点で既に死んでいるからね」
「糞だな!」
そう、その時点で死んでいた。
だからこそ、可能性はある。
「ゲイル! 確かに君はブラッドデーモンと戦ってない! けど、だからこそ君がブラッドデーモンに対抗できる力を持っている可能性はある!」
ゲイルの強さは、未知数だ。
「……そうか! 飛行スキルか!」
「え?」
「飛行スキルがあれば、逃げられるな!」
ゲイルは飛行スキルを取得する。
確かに、それがあれば逃げることもできるが……。
「ゲイルは最強なんじゃなかったのか?」
「最強だぞ?」
「じゃあ、一緒に倒せるように頑張ろう!」
「あ? 誰に命令してんだ?」
(マズい……!)
消される、と思ったが。
「んな、命令無くてもなぁ……余裕で倒すに決まってんだろ! 俺は最強なんだからよ!」
勝ち誇った笑みを浮かべて、ゲイルは高らかに笑った。
(これは使えるな)
ゲイルは、自分のことを最強だと思っているみたいなので、よく覚えておこう。
(それにしても……)
口が悪く、自分勝手な所もあるが、花はゲイルのある部分が羨ましくも感じていた。
(ここまで自信を持てるって、凄いよな)
人間時代の花ならば、とても自信は持てない。
能力のない自分が自信を持ってしまうと、ざまぁ対象になってしまう。花はそう考えていたからだ。
(でもまぁ、ゲイルの場合は実力があるし、僕とは全然違うか)
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