手を振る!
葛生 雪人
第1話
イメージというものは厄介なもので、好むと好まざるとにかかわらず、ひどいときには一生つきまとうものだ。
私の場合は高校に入学して間もなくつけられたあだ名のせいでしっかりとそれがこびりついてしまった。もうそれは呪いのように私を『リーダー』というキャラクターにしっかりと縛りつけたのだ。
最初に私のことをリーダーと呼んだのが誰だったのかは覚えていない。
くじ引きで決められた学級委員のお役目。
中学時代もそういうものに当たることが多かったということを誰かがどこからか聞きつけてきたせいで、自然と『リーダー』と呼ばれるようになってしまった。
そのあだ名をもとに私のイメージは定着していく。
しっかりもので面倒見が良く、勉強ができてみんなをまとめるのが上手。ことが進まないときには先陣を切る勇ましさ。時には、クラスを仕切る姿が担任よりも担任らしいと言われ私の立ち位置は盤石となった。
五人兄弟の二番目として生まれた私にとっては、勉強以外は普段の生活で身につけたスキルでもあったので、イメージ通りに演じ続けるのはそれほど苦ではなかった。
しかしもちろん悩みもあった。
どうしてか、『リーダー』というキャラクターの中に『クール』だとか『大人びた』というイメージまでくっついてきたのだ。
どちらかといえば私は、昭和でいうところの肝っ玉母さん的キャラだというのに。
おかげで私は弾けることができなくなった。
女子たちがアイドルの話で盛り上がっていても同じように黄色い声を上げることはなく、「誰々くんと目が合った!」などと恋愛話で盛り上がることもない。
帰りの挨拶は大きく手を振って
「じゃーねー」
ではなくて、胸の辺りで優しく片手を振るだけのやんごとなきスタイル。
カラオケに行っても、タンバリンやマラカスは絶対に回ってこない。
それでもコミュニケーションはとれるし十分楽しめるのだけれど、いつも、同じ輪の中にいるのに外から眺めているような、そんなちぐはぐさを感じていた。
「まあ、いいんだけどね」
そう言いながらも言葉にしたということは、どうにかしたいと思っていたのかもしれない。
「本性さらけだせばいいのに。短い高校生活、もう二年目に突入しましたぜ、だんな」
人の宿題を写しながらハナが言う。
もともと仲良しグループのひとりだったが、流れで本音を打ち明けたことでより親密な仲となったクラスメートだ。
お互い辺鄙な所に住んでいてバスの本数が少ないことから、他の生徒より早く学校に着く。わずかな時間ではあるがこうして二人きりの時間ができると、普段は言えないような心の悩みもつい打ち明けてしまうのだ。
「本性をさらけだすっていうのとも違うのよ。だって別に私はキャラを作ってるわけじゃないし」
「じゃあなによ」
「出し切れないというか、」
「いうか?」
「できあがったイメージの壁が厚すぎて壊せなくなったというか、」
「いうかー?」
「なんかもう壊さなくてもいいかもって思う自分に疑問を抱くというか」
そこを飛び越えてみたらおもしろいかもしれないと思うけど、どうしても飛び越えてみたいというほどではないから、もやもやとしたものを抱え続けてしまうのだ。
「やー、もう面倒くさすぎるよ、リーダー。この会話を録音しといてお昼の放送で流したい気分だよ」
はい、おしまい。とノートを閉じる。
彼女が宿題を写し終えるまで、もしくは誰かが教室に現れるまでが人生相談の時間だ。
「そういえば、ゴールデンウィーク明け、恒例のお花見に行こうよ。いつものメンバーで」
「恒例ってまだ二回目でしょ」
「二回目だと恒例って言わないの? 何回目から?」
「さあ。決まってるのかなあ」
「じゃあ、二回目でもいいじゃん。とにかく予定明けといてね。ランちゃんともっさんにも言っとくから」
「わかった。ありがとう」
ちょうど話が切れたところでちらほらと他の生徒たちが登校しはじめた。ここから私はみんなのイメージ通りの『リーダー』に戻る。
嘘をついているわけじゃない。
だけど最近、息苦しさを感じてる。
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