第8話 交渉というのは.....力技だァァァァァァァァァ‼パワアアアアアァァァァァァァァ‼

「誰だ!?」


 


 レロロが白色の塔に足を踏み入れた瞬間。


 威嚇するような、殺気混じりの声が耳朶を打つ。


 


 ――こっわ。いやまあそうだよな。


 


 今この連中は、生まれてはじめての体験をしているのだ。


 己の意思で叛意を示して、行動に移したという。


 恐怖を踏み越え、守護霊を形成し、あらゆる敵をぶちのめしながら――己が一番憎んでいたであろう女神教の本拠を陥落するまでに至った。


 


 至った瞬間。


 己が足元に、地面がない事に気が付く。


 


 あてどなく、恐怖を振り払い勇気を出して走り出した結果。


 彼等はもはや、今の自分がどういった場所に着地するのか、理解しがたいのだ。


 


「――ジャカルタ評議会、ユーランの使者。レロロと言う」


「....評議会だと?」


 


 ジャカルタには評議会と呼ばれる存在がいる。


 


 王制と一口で言っても様々な形態が存在する。王が全部の権力を掌握してコントロールしているような政治体制もあるが。貴族と権力を二分しているタイプの王制もある。


 ジャカルタは後者の国家体制をとっている。


 


 ジャカルタは、王国であるが。その実態は貴族と王が権力を二分している国家である。


 各地方の貴族から選出された者が四人。それと王が選任した者二人。併せて六人により構成される評議会。


 この評議会の過半数の賛成をもって法律案・政策案が出され。王がその最終決定をする。


 


 レロロが事前に根回しし、レミディアスに交渉させていたジャカルタの”協力者”とは――この評議会に所属する六人の貴族の内一人。ユーラン・アレクシャスである。


 


「――評議会の貴族が何の用だ!俺達を裁きに来たってのか!そんな事してみろ!この塔に捕らえている女神教の関係者、全員縊り殺してやるからな!」


「いいや。むしろ、ユーラン殿は、他の勢力に貴方方が都合よく裁かれる前に。自らの領地にて皆を保護するつもりだ」


「なに....?」


 


 レロロは一つ息を吐いた。


 よしよし。いい感じに聞く耳を持ってくれた。


 


「この塔には、女神教の司祭騎士によって不法に拷問が行われていたという噂があった。その辺りも含めて、証拠の保全を行いたい。――無論、保全される証拠のうち一つは君たちでもある」


 


 だから、とレロロは続けて。


 


「武器は持っていない。必要なら手を縛っても構わない。――ひとまず、中へ案内してもらってもよろしいか?」


 


 


▼▼▼


 


 


「――おや。無事だったのかい?存外、しぶとかったようだねぇ」


「その言いぐさひどくありません⁉」


「そりゃ――ボクを暗殺しようとした愚かな生命体なんて。目的を果たし終わったら後は野となれ山となれ豚の餌となれどうでもいい事だし....」


「ひどくありません!?」


 


 ファウムとの戦いを終えたアーレン・ローレンは――実に晴れやかな笑顔で、暴徒が立ち去った街並みを眺めていた。


 その脇道にて。そもそもアーレンとファウムが争う原因となった、元王宮の女中にして暗殺者のアルスがいた。


 この女。アーレンの”勇気の魔法”が一切合切効かなかった辺り。メンタル的には究極の自己中心生物なのかもしれない。


 


「だ、大丈夫なんですか....?」


「ん?」


「いや、あの暴徒の人達....。このまま放置していたら、大変なことになると思うんですけど....」


「ああ。そこは大丈夫」


 


 ふふ、とアーレンは笑う。


 その笑みは、ファウムの時に浮かべていたようなそれとは異なる。


 純然たる親愛とか、信頼とか。そういうものが含有された。極めてまっとうな人らしき感情が灯った代物であった。


 


「ボクがこれまでこうして好き勝手やれたのは――こういう時にレロ君がちゃんと尻拭いしてくれたからなんだよね」


「レロって....あの男の人ですか?」


「そうそう。まあレミちゃんも、カスちゃんも、そして当然このボクも。頭の良さには自信があるんだけどね。基本的に、自分の目的とか利益とかの事しか考えないからね。優しくて全体の事を考えられるレロ君はとっても貴重な人なんだよね」


「あ、はい。それは貴重ですね」


 


 貴重だ。


 それはあまりにも貴重すぎる。


 


「だから信頼しているのさ。ちゃんと落とすべき所に落とし込んでくれるって。――さて」


 


 ふんふん、と鼻歌混じりで闊歩しながら。――アーレンは路地の奥に入っていく。


 


 そして、その影に向かい――神槍アーケールを向け、紫電を一発叩き込む。


 


「ぎゃあ!」


 


 そこには。


 魔力探知からも逃れるべく防護魔法すら切った――司祭騎士ファウムの姿があった。


 アーケールの紫電に当てられ、生身のままのファウムは電撃の衝撃に、倒れ込んだ。


 


「い...生きてる....」


「あの程度で死ねるほどこの女は潔くはないよ。なにせ拷問する為に血の滲む努力をしてきた人間だ。生き残る為にも、そりゃ必死に努力するだろう。――これからももうちょっと努力してもらうよ、ファウム」


「なんで生きているんですか....?」


「おおかた幻術で暴徒の目を欺いて、防護魔法もイムリスも捨てて逃げの手を打っていたんだろう。――ああそうだ。イムリスは後から回収しておかなきゃね」


 


 アーレンは倒れ込んだファウムを無造作に左手で掴むと。天高く掲げる。


 


「――司祭騎士ファウム。ゲットだぜ」


 


 


 


▼▼▼


 


 


 


「――こいつは、ヤベェな」


 


 白色の塔に、地下室あり。


 認識錯誤の結界に隠されたその場には――むせかえるような血の匂いに溢れている。


 


 そこに用意されている拷問器具の一つ一つにも。そこに閉じ込められていた連中にも。傷一つない。


 それでもよく解る。この場所では、凄まじい苦痛が生み出されていたのであろうと。


 


「――こんな事して、許されると思っているのか貴様ァ!」


「反徒め!貴様等の頭上に裁きの雷が下されようぞ!」


 


 その中には、女神教の関係者がぞろぞろと捕らえられていた。


 


 


「.....」


 


 


 何がヤバいかと言えば。この空気感。


 一触即発。


 


 胸をなでおろしたのは、この暴徒に”女神教の連中を人質にする”という理性があったという事。


 もし捕らえた人間を嬲り殺しにでもしていたら、交渉はさらに難航していたであろう。これは本当に良かった。


 


 で。


 マズいのは――今にも捕らえた人間側が暴走して、嬲り殺ししそうな空気である事です。


 


「――頼む。皆、マジでちょっと考えてくれ」


 


 レロロは、背後から叫んでくる女神教の連中の不愉快な叫びを背景に。暴徒にずっと頭を下げている。


 どれだけ頭を下げているかと言えば、もう血液が前側に寄っているのが理解できる位の長さと位置をキープし続けている。もうL字ボルトもかくやとばかりに、人生で三番目くらいにし続けてきた体勢である。前世の世界であれば迷わず土下座を選択していたであろうが、ここには当然だが土下座の文化が無かった。


 


「ここで終えてくれたら全部がハッピーなんだ。あの背後の連中がアンハッピーじゃない事に腸煮えたぐりまくっているのはもう心の底から理解できる。許されるならあいつらの厚かましい面の皮を細切りピーラーで薄皮一枚一枚剥がした後に全身グリルにしてやりたい気持ちも本当に理解できる。だが耐えてくれ.....!」


 


「このままで許されると思うか.....?俺達はあいつらに奪われ続けてきたんだぞ.....!」


 


 ここだ。


 これ以上被害を出さずに――特に人的な被害を出さずに終わる事が、後々この状況をプラスにする為の必要条件になる。


 だから、なんとしても。ここで食い止めなければならない。


 


「――そこをどけ、貴族の使いっ走り。せめて、この塔で拷問に携わった奴は確実にここでカタをつける」


 そうして――レロロの眼前に現れたのは、大柄な男であった。


 筋肉が盛り上がった、禿頭の男。恐らく大工か、鍛冶屋か。多分レロロの首の骨を片手で折る事が出来そうなレベルのガタイの良い男であった。


 


「カタをつけるって、何するつもりだい?」


「決まってんだろが!――苦しめて殺してやるんだよ....!こいつ等が、おれの婆ちゃんにやったようにな....!」


「.....」


 


 レロロは――男の目をジッと見つめる。


 その目の奥を覗き込むように。


 


 


「なんだ...?」


 


 そして。


 


 


 レロロは――無言のまま。拷問室に設置されていた、拷問用の尖った木槌を手に取る。


 


「なんだ?そいつで俺を殴りつけるつもりか?上等だ、やってみやが――」


 


 それを迷いなく手に取り。


 


「あがあああああああああああああああああああ‼....アアアアアアアア.....!」


 


 レロロは、自身の左手を台の上に置き――迷いなく、木槌を振り降ろした


 


 爆ぜるような爆発的な衝撃と。神経が抉られる激痛によって中指を潰し終えたレロロは、そのままもんどりうって倒れ込む。


 瞬間。静寂が訪れた。


 眼前の男も。他の暴徒も。また、背後で縛り付けられた女神教の連中も。皆が、皆。


 


 


「おい!何やってんだ!」


「いってぇぇぇ!やっぱり死ぬほどいてぇってええぇぇぇぇぇ!」


「当たり前だろこの馬鹿!おい、早く治療するぞ」


 


 脂汗を垂れ流しながら倒れ込むレロロを見て、先程まで睨み合っていた男が血相を変えてレロロの身体を抱える。


 そうして。痛みに震え、脂汗に塗れながら――再度、レロロは男の目を見た。


 


「ほら....や、やっぱりアンタは....フツーの人だって...」


「あん....?」


「そりゃ...やったことやり返して....復讐になるんだったら、やる価値はあるけどさ....。アンタがあのカス共を拷問したってさ....心に傷が増える...だけだって....」


「.....」


「今ただアンタを邪魔しているだけの男にさ....そんな慈悲向けるだけの、まともな性根と....優しさがあるんだったら。あのクソ野郎と....同類になるこたねぇって.....」


 


 脂汗塗れの顔面に、無理矢理作った笑みを張り付け。


 潰れた中指も合わせて、レロロは男の肩に手を置いた。


 


「アンタ達は、本当によくやった.....。暴動を起こしても、略奪はしなかったし.....他の市民にも危害を加えなかった....。ちゃんと、自分たちで、何をするべきか見極められていた....。なら、ここだけ。後は、ここだけだ。矛を収めてくれ....」


 


 ――生理的な反応、というものに言い訳は利かない。


 


 今、レロロが自ら指を潰した、という事象に対して。即座に不可解と、優しさを見せてしまったこの瞬間的な反応は、誤魔化せない。


 


 この反応を引き出す為だけに、レロロは今――己の指を潰したのだ。


 


「....」


 


 


 その瞬間――暴徒の背後にある守護霊が、頭上より消えていくのを感じ取った。


 


 彼等の中にある怒り憎しみが――多少でも、発散してくれたのだろう。


 

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