二組の兄妹

みどり

忍び込み方がおかしい

「さて、なんとか城に忍び込みたいな」


「そうですわね。見たところ魔法の防護はかかっていないようですけど……」


シルビアはなんとか城に入る手段を得ようと結界の中から街中を探る。


「みなさん、目が虚ですわね」


「シルビア、絶対に結界を解くなよ」


「はい。もちろんですわ!」


今のふたりは結界で防護しているので、外の様子は見えるが人々から認識されない。結界を利用して、透明化しているようなものである。


しかし、帝国の城には魔法を看破する仕組みが存在し、門を通れば魔法は必ず露見する。結界で隠れていたとなれば、即捕まるだろう。


この国の城下町は魔法の煙が漂っており、住人は全て虚な目で歩いている。魅了魔法にかかって操られていると思われる。


「結界の外に出るとあの厄介な魔法にかかってしまう。しかし、結界で隠れて城に入ろうとすれば必ずバレる。一体どうしたものか……」


「見たところ、門にしか魔力を感じません。中は結界で姿を消せるでしょう。塀を登ればいけるのではないでしょうか」


「なるほど。我々ならなんとかなるな。ん? どうしたシルビア。ニヤけているぞ」


「ガンツ様のそういうところが好きなのですわ。正しくわたくしの実力を認めて下さるのですもの」


「シルビアなら壁を登るくらい余裕だろう」


「その通りですけども! みっともないとか、女らしくしろとかおっしゃらないんですもの! そういうところが、好きなんですの」


「シルビアはそのままで充分魅力的だ。変に自分を偽る必要なんてない」


「もう! ガンツ様! 好きですわ!」


いちゃつかず早く侵入しろと言う兄は、残念ながらここにはいない。ひとしきり抱き合ってから、ガンツとシルビアは手を繋いだまま壁を走った。


壁って走れるんですね、しかも手を繋いだままなんて。そう言って呆れるマリアも、残念ながらここにはいない。


「シルビア、中で魔法は使えそうか?」


「待って下さい……調べます……うん! ほとんど問題ありませんわ! けどさすがに、王族の居住地と思われる奥は魔法のガードがありますわね……」


「そこまで入る必要はない。バレてはまずいんだ。我々は見つからないように情報を集め、去る。少しでも危ないと思えば転移だ。いいな」


「はい! そのう……手は……」


ガンツは、ずっとシルビアの手を握って離さない。シルビアの魔法は、振りも要らないので手が空いていなくても問題ない。


ガンツは笑顔で囁いた。


「手を繋いでいればシルビアが怪しい魔法にかかる事はないだろう? シルビアがいれば、私も無事帰れるからな。任務の危険度を下げるにはこれが一番だと判断した。違うか?」


「……違い……ませんわ。ガンツ様がいれば、あんな魔法にかかったりしませんわ」


「今日中に調べて、すぐ帰る。いいな?!」


「はい!」


着々と調査を続けたシルビア達は、帝国の目的をすぐ理解した。


「大陸を統一とは……また大きく出たな……」


「その為なら民が傀儡になっても良いなんて……許せませんわ」


「そうだな。皆同じなんて気持ち悪い。善人も悪人もいるのが人だろう。不完全だから、私達は努力するんだ」


「その通りですわ。お兄様を操ろうとしたのも、いずれ国を併合しようとしたからなのですね」


「だろうな。すぐ報告せねば。シルビア、この煙を解く方法はあるか?」


「……わかりません。術者を特定しないと……」


「そうか。ならもう帰ろう。我々の仕事は終わった」


「少しだけ……待ってください。術者を特定できなくても……ヒントくらいは……」


「分かった。危険を感じたらすぐ転移だ。いいな?」


「はい!」


「それにしても、城の者達もおかしいな」


「ええ……護衛も使用人もとてもよく働いていますけど……」


「不気味だ」


「ですね。とりあえず、操られていない人を探しましょうか」


「いるか?」


「……いませんわ。おかしいですわね……」


「みんな規則正しい動きで不気味だな」


「そうですね。魔法で探っているのですが、騎士達の行進より精密で……あ……不規則な動きをしてる者が……」


「どこだ?」


「庭園です!」


ふたりが庭園に行くと、大きなトリが二羽いた。


「トリ……ですか。人の気配がしたのですが……」


結界で見えないはずのシルビアとガンツに、トリが近づいてきた。


「お、おいシルビア! こいつら、俺達が見えてるよな?!」


動揺したガンツの声が、結界内に響き渡る。口調も、いつもと違い乱暴だ。


ガンツはシルビアを守ろうと、結界内で武器を握る。


「……このトリ……トリではありませんわ」


慌てて庭園の奥に隠れたシルビアとガンツ。結界内にいるふたりは見えない筈なのに、トリ達はシルビア達を探している。このままでは見つかるのは時間の問題だろう。


「トリじゃない?」


「ええ、あのトリさんを結界内にご招待しましょう」


「本気か?」


「本気です。念のため、変装くらいはしておきましょうか。わたくしは服を着替えて少年になりすましますわ」


サクッと魔法で着替えて変装したシルビアを見て、ガンツの耳が赤く染まる。


「もっと帽子を深くかぶれ! 顔が見えたら美しすぎてバレてしまう!」


「ふふっ。大丈夫、バレませんわ。ガンツ様もお顔を隠して下さいな」


「分かった。……うーむ、顔を隠すもの……これくらいしかないな」


ガンツは上着をビリビリと破り、適当に顔を隠した。その姿はまるでミイラのようだ。


「そ……そのお姿は……」


「むぅ、やはりみっともないか? 冒険者時代に顔を見られて困る時はいつもこうやって顔を隠していたからつい……」


「い! いえいえ! とってもかっこいいですわ! か、顔を見られる訳にはいきません! そのままで! ぜひそのままでお願いします!」


「分かった。ではあのトリを結界に呼んでみるか?」


「……は、はい! はい!」


シルビアの顔は真っ赤で、どうにも様子がおかしい。ガンツはシルビアの額に手を当てて、熱がないか確認する。


「熱はなさそうだな。しかし顔が赤い。早く終わらせて、すぐ帰ろう」


「……ハイ!」


我に返ったシルビアは、トリを結界内にご招待した。


「……な……ここはどこだ!」


「本当に喋るな。し……ジル、このトリはなんだ?」


慌てて偽名を使うガンツ。ジルと呼ばれたシルビアは帽子を深く被りトリに話しかけた。


「こんにちは。あなた方は人間ですよね?」


「無礼者! このお方は皇帝であるぞ!」


「はぁ?! 皇帝だぁ?!」


「お前達こそ誰じゃ!」


「あー……俺達は……帝国がおかしいってんで調査に来たんだ。俺は冒険者だ」


「冒険者だと?!」


「ああ、訳あって顔は出せねえけどよ。俺は一応Sランクだ。ホレ」


ガンツが腕を出すと、冒険者の証の腕輪が光る。ガンツは冒険者資格を残したまま騎士になったので、資格証を持っていた。金とプラチナが交差する美しい腕輪は、一流の冒険者の証。


「おお! お主はSランクか! そちらの小僧は?」


「俺と同じくらい強えから安心してくれ。魔法はコイツの方がすげえぜ。この結界も見事だろ?」


「うむ、確かに。妃、こやつらなら妹を止められるやもしれぬ!」


「あなた、お待ち下さい。この男達を信用してよろしいのですか?」


「背に腹はかえられぬ! 他に頼れるものがおるのか?! このままではトリのまま一生を終えるぞ! 我々だけならまだいい! 民をあのままにしておけというのか?!」


「あー……トリあえず……ジル、このトリさん達を元に戻せるか?」


「お主、さすがSランクじゃの。この状況で、ギャグを言うとは」


「帝国はキッツイ王が治めてるって聞いてたけど、ギャグが分かる男とは思わなかったぜ」


「私は王位を継いで1年しか経っておらぬからのぉ」


「……ん? 皇帝が変わったなんて聞いてねぇぞ」


「父は死んだ。だが、その死は隠されておる。父は、厳しく恐ろしい男じゃった。父の意思を継いだ妹が……魔法を使い城中……いや……王都中の人間を全て操ってしまったのじゃ……」


「あなた!」


「構わぬ。ここまで城の内部に易々と侵入する冒険者達に隠し事をしても無駄じゃ。お主達の依頼人は聞かぬが、予想はついておる。カワード王家の王太子を狙っていたことがバレたのであろう? あの妹め……!」


「ふたつだけ、確認させて下さい」


シルビアがトリの目を真っ直ぐ見つめながら、問うた。


「良いぞ。なんでも答えてやろう」


トリとは思えぬ優雅な所作で、皇帝トリはシルビアの目を見つめる。


「貴方は……正式に皇帝を継いでいますか? 証を持っておられますか?」


「……何故……王族しか知らぬ筈の事柄を知っておる」


「わたくしは、シルビア・フォン・カワード。カワード王家の王女でした。現在は結婚して平民となりましたが、王族としての教えは受けております。わたくしは、今の帝国を危険視しています。ですが、貴方様は信じられる。そんな気がするのです。だからまず、こちらが誠意をお見せしようと思いまして」


シルビアの覚悟を感じ取ったガンツが、顔を隠していたぼろ布を取り頭を下げる。


「俺……私はシルビア王女の夫です。第三騎士団の隊長をしている、ガンツと申します。騙すような真似をして申し訳ありません。ですが、嘘はついておりません。私は間違いなくSランク冒険者の資格を持っています」


「確かに、依頼されたとは言っておらんかったの。冒険者なら依頼人がいるだろうと勝手に勘違いしたのは私だ。ガンツ殿は一切嘘を吐いておらぬ」


「事情を教えて下さい。俺達は、民をそのままにしておけない、そう仰った貴方の言葉を信じます」


「……ふふ、即位して初めて……信じると言ってもらえたのぉ。シルビア王女、ご質問にお答えしましょう」


ふんぞり返っていたトリは姿勢を正し、口調も改めた。


「私は、正式に皇帝を継いでおります。皇帝位を継ぐと皇帝と妃は特別な防護魔法がかかります。ですから妹の魅了魔法に抵抗出来てしまい、殺されそうになりました。殺せないと分かった妹に、魔法でトリにされてしまったというわけです。変身魔法は攻撃魔法とは見做されず、効いてしまったのです」


「なるほど。妹君の魅了魔法を解く方法をご存知ですか?」


「……あの魔法は帝国の秘伝でして……命を削って使うのです……魔法が完成する前に妹が死ぬか……魔力を失えば……解けると思います」


「……命を削る……?」


「はい。恥の忍んで……お願いします。シルビア王女、ガンツ殿……妹を助けて下さい……あの子は……父の亡霊に取り憑かれているのです……」


話を聞いたシルビアとガンツは、二羽のトリを連れて国に戻った。

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