第20話 二十年ぶりの再会

 翌朝、マリーベルの屋敷ではちょっとした……いや、ちょっとどころではない大騒動に見舞われていた。

 

 原因はやはり、エルシャの姿がどこにも見当たらないせいだった。エドガーの指示で屋敷の人間を総動員させて探させているが、昼近くになっても未だに発見には至らず。

 

 唯一の手がかりと言えば、書物庫の窓が朝見た時には全開になっていたことだ。エルシャは数日前から書物庫にて文字の勉強に励んでいる。

 

 まさか、何者かに誘拐されてしまったのか。いや、石像の場合は窃盗……?

 

 どちらにせよ緊急事態に変わりはない。だがまったく進展が見えず、屋敷の人間は皆頭を抱えていた。手詰まり感とも言うべき嫌な空気が漂い始めたその時、

 

「エドガー様。ご報告があるのですが、その……」


 やってきたのは若い使用人だった。エドガーが目だけで先を促すと、使用人は一礼してから神妙な面持ちで話し始める。


「エドガー様と会う約束をしているという客人がお見えなのですが、どうすればいいでしょう……」


「会う約束だと? そんなものをした覚えは一切ないぞ」


「でも……していると言うんです。その……20年前に」


「20年前? まったく、そんな冗談に付き合ってる暇はないのだ。今すぐ突き返してこい」


「はい、承知しました……」


 使用人は渋面のまま頷くと、エドガーの指示通りに客人を追い出しに玄関へと向かおうとした。

 

「20年前……最近どこかで聞いたような……あっ! ちょっと待って!」


 そう言って使用人を引き止めたのは、話を傍で聞いていたマリーベルだった。

 

「どうかなさいましたか? マリーベル様」


「私、その人のこと知ってるかもしれないわ。赤い縁の眼鏡とか掛けたりしてなかった?」


「あ、はい! 深々とフードを被っていたので顔はよく見えませんでしたが、確かに赤い縁の眼鏡を掛けていらっしゃいました!」


 深々と被ったフード。赤い縁の眼鏡。そして、20年前の約束。頭の中でモヤがかかっていたシルエット像に、だんだん色が付いてくる。

 

「じゃ、じゃあ、名前は!? 名前は言ってなかった!?」


「そういえば言ってたような記憶があります。えーと確か……そう、ヨミさんという方でした!」


「「――!」」


 使用人がその名を告げた瞬間、エドガーとマリーベルは揃って目を見開いた。すべての点と点が線でつながった瞬間だった。同名の別人という可能性は限りなく低い。断片的かつ状況証拠的な情報とはいえ、ここまで見事に重なるならば必然に昇華するのだ。

 

 決め手はやはり名前と20年前の約束だろう。当のエドガーは言動から察するに約束なんてすっぽり忘れていた可能性は限りなく高いが。しかしながらマリーベルも半信半疑どころか9割疑っていたので責め立てるような真似はしなかった。というか出来なかった。

 

 そしてそれは使用人に対しても同じことだった。彼女が使用人としてこの屋敷にやってきたのはほんの数年前のこと。対してヨミが前回屋敷を訪れたのは遥か20年前のこと。おそらく生まれてもいない時の出来事なので、ヨミのことなど知る由がないのだ。

 

 それにしても気になるのはヨミの容姿だ。20年前に屋敷に訪れたと言うなら年齢も同じくらい食っていて然るべきだ。しかし、彼女の見た目はどう見ても自分マリーベルと同じか少し上くらいなのだ。

 

 何度も何度も疑問に思っていたことだが、20年前の当事者であるエドガーがいるのでようやく真相が分かりそうだ。

 

 長かった、ここまで……。

 

「長かったって、何がですか?」


「そりゃ当然、ヨミって人のことが分かるまでよ」


「いやはや照れますねー。私のことをそんなに気にかけてくれていたとは」


「べ、別にそんなんじゃ……――!?」


 背後に振り向いたマリーベルは、まるで幽霊にでも出くわしたかのように腰を抜かした。いつの間にか背後に立ち、ごく自然に話に参加してきた人物の正体。それは言うまでもなく、ヨミその人だったのだ。噂をすれば何とやらとは言うが、あまりに突然のことで驚愕以外の感情がしばらく湧いてこなかった。

 

「お、お客様!? 玄関でお待ちいただくよう申し上げませんでしたか!?」


 最初に応対した若い使用人も、これにはさすがに声を荒げざるを得なかった。なにせヨミは20年前の約束などという意味不明な言動のほかに、台車が必要なほどに大きな荷物を引きずってきていたのだ。

 

 別に客人が持参してきた荷物をチェックするような決まりはないが、これほどまでの大荷物ともなれば話は別になる。ましてや布で覆い隠さなければならないほど怪しい物体なら尚のこと。

 

 ヨミが引きずってきた台車に載ったソレは明らかに怪しい匂いを放っているが、不運なことに今日の屋敷内は非常にドタバタしていたためチェックが疎かになってしまった。というより、勝手にヨミ自身が上がってきてしまったのだ。


「お、お、お、おお……ヨミさん。大変お久しぶりでございます。私です、エドガーです」


「おや、エドガーさんでしたか。あのころとはすっかり雰囲気が変わっていたので気づけませんでしたよ」


「ヨミさんこそ、お変わりなく……ええ、本当に……不思議なくらい変わっておりませんね」


 エドガーの口はさっきから開きっぱなしだ。その様子から見るにヨミの姿は本当に20年前から変わっていないのだろう。しかし20年前はまだ生まれていないマリーベルからすれば未だに到底信じられる話ではなかった。

 

「お父様、本当に20年前と同じ姿なのですか? だって、どう考えても見た目と年齢が釣り合いませんわ!」


「ああ、私も驚いたが本当に同じ姿なのだ。だがなぜ同じ姿なのかは私にも分からない」


「そう、ですか……」


 マリーベルは肩を落とした。20年前の当事者であるエドガーにも分からないならそれ以上の進展は見込めないだろう。

 

 ヨミ本人に聞いてもはぐらかされるのが目に見える。きっと「おっと、女性のプライバシーを探るのはマナー違反ですよ?」などと言われるオチが待っているに決まっている。

 

「ところで、そちらの荷物はいったい何ですか? かなり大きい物と見受けられますが……」


 ようやくエドガーが台車の上に載った謎の物体に触れた。

 

「ああ、これですか。これはですねー」

 

 するとヨミはもったいぶることなく被せられた布を取り払った。

 

「そ、それは……!」

 

「なぜあなたがそれを……!?」

 

 布の中身を見た二人は、またしても揃って目を大きく見開く。

 

 ヨミが持ってきた荷物の正体、それはずっと探していたエルシャの石像だった。

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