影の魔女って呼ばれてます

山本エヌ

第1章

第1話 光の魔女

「この石像よく出来てますねー。まるで生きてるみたいです」


 旅人の装いをした少女が、深々と被ったフードを抑えながら見上げて言った。

 視線の先にあるのは、旅人とほぼ同じか少し年下くらいの少女の姿を模した石像だった。

 立ち姿は凛々しく、魔法使いのようなツバの広い帽子が特徴的。コンフィルという町の中央広場に鎮座しており、まさにシンボルとも言うべき存在感を放っている。

 石像から少し視線を下げると台座があり、埋め込まれたプレートには〈光の魔女エルシャ〉という文字が刻まれていた。

 

「おやおや旅人さん、その石像が気になるのかぇ?」


 じっと見続ける姿が気になったのか、散歩をしていたおばあさんが旅人のそばに寄ってきた。

 声に気づいた旅人は軽く会釈し、石像のことを尋ね始める。

 

「どうもこんにちは、おばあちゃん。少々伺ってもよろしいですか?」


「ああ、なんでも聞いておくれ。わしはこの町に長いこと住んでおるでの」


 そう言って微笑むおばあさんはどこか得意げだ。

 

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……こちらの石像の方はどういった方なのでしょうか。いっけん普通の女の子に見えますが、石像になるからには相応の理由があるはずですよね? 光の魔女、なんて大層な肩書も気になるところです」

 

「このお方はねぇ、それはそれは素晴らしい英雄様なのじゃよ」


「へぇー、英雄ですか」


「かつてこの町はただの荒れ果てた土地だったんじゃ。いや、それどころか邪竜の瘴気に当てられて昼は来ず、常に夜のように暗くて草木の一本も生えぬ暗黒の土地となっておった」


「邪竜だなんて穏やかじゃないですね」


「して、かような時に現れたのがこちらのエルシャ様じゃよ。エルシャ様は極めて優秀な魔法使いじゃったようで、かの邪竜を退けて光を取り戻してくれたのじゃ」


「なるほど~。光を取り戻した魔女……と、いうことで光の魔女。ちなみにそれって何年前の話なんですかね?」


「ふむぅ。わしのひいひいひいひいおばあちゃんが子供のころじゃから、300年ほど前の話じゃな」


「そんなに前だったんですか。ということは、この石像は先祖の方々が復興の証に造ったわけですね」


「じゃと思うのう。わしが生まれた時にはもうこの石像はあったからねぇ」


「そうだったんですね。どうりで大事にされているわけです」


 話によればかなりの年月が経っているが、石像には汚れといったものはなく、まして欠けているところさえ見当たらない。きっと町の住民が大事に手入れをしているのだろう。

 この町を訪れる旅人の目的の大半はこの小さな少女の石像を目に納めることらしいが、おばあさんの話を聞くと十分に納得できる。

 

「最後にもう一つだけ聞かせてください。光の魔女……エルシャさんはどういった人物だったと思いますか?」


「そうだねぇ。きっと、太陽のように明るい人だったんじゃろうね」


「……ですね。私もそうだと思います」


 一通りの話を聞き終えて一礼した旅人の頬に、ぴちょん……と冷たい何かが当たった。

 雨粒だった。

 この時期の天気の移り変わりは早い。

 さっきまで晴れていた気がするが、いつのまにか灰色の重い雲で空が覆われている。

 今はまだポツポツとしか降っていないが、本降りになるのにそう時間はかからないだろう。

 空気の冷たさと風向き、それと旅人の勘がそれを伝えている。

 

「おや、雨が降ってきたねぇ。しょうがない、散歩はやめてうちに帰るとするかの」


「すみません、長く引き留めてしまいました」


「いやいや、気にせんでくれ。旅人さんも早く屋根のあるところへ行ったほうがいいんじゃないかい?」


「そうですね。今日は早めに引き上げようと思います」


 二人は別れの挨拶を交わし、それぞれの帰路につく。

 旅人の予想通り程なくして雨は本降りとなり、雨粒が音を立てて地面をたたきつけるようになった。

 雨の勢いは弱まることを知らず、もうすぐ夜になるのも相まって、広場にいた人たちは皆帰っていった。

 ただ一人取り残された魔女の石像の頭上には、大粒の雨粒が打ち付ける。

 夜のとばりが完全に降りる頃には、雷まで鳴り始めた。

 光と音の間隔は極めて短い。

 雷雲はすぐそこまで迫っている。

 

 

 ――カッ

 

 

 するとその時だった。

 青白い閃光が闇夜を引き裂き、すさまじい轟音とともに魔女の石像の頭上へ一直線に落下。

 雷が直撃したのだ。

 稲妻の残滓が広場全体に飛び散り、落雷の残響が雨の音さえもかき消した。

 まるで時間が止まったかのように、辺りは一瞬の静寂に包まれる。

 直後、水気のこもった冷たい夜風が吹き抜けると、台座の上で影が揺らめいた。

 

 

「…………えっ?」



 その影は、魔法使いのようなツバの広い帽子をかぶっていた。

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