第34話 反魔族教

 薬品の匂いが鼻をつき、目を開くとそこは白色を基調にした部屋。俺はその部屋で柔らかいベッドの上で寝ていた。


「やっと起きましたか。一ヶ月ぶりですね。リュージさん」


 近くの椅子には信じられない人物が座っていた。バニスパーティーの一員であり、聖女のシアが居る。


「シア!? 何でここに……!?」

「バニスさんのパーティーを抜けて、ここにて鍛え直しを行っています。あなた達の治療もその一環で行って差し上げました」


 あの頭のトチ狂った男につけられた傷は全て治っている。それに今やっと気づいたがここは病院だ。きっと彼女は手伝いなどをやっているのだろう。


「達ってことはミー……じゃなくて連れの二人も無事だったのか?」

「連れの二人なら無事ですよ。小さい子はかなり重症でしたが、治癒魔法でなんとか治せました」

「そうか。よかった……ありがとうシア」


 アキが助かったことに心から安堵して彼女の手を握り感謝の意を述べる。

 

「そうですか……こちらこそどういたしまして」


 改めて近くで見て思い出すが、シアはミーアにも勝るとも劣らない美貌を持ち合わせている。

 女性の欲を完全に失っている今の俺じゃないなら好きになってしまうかもしれない。


「久しぶりに思い出しましたよ。あなたの優しさを。 

 すみませんでした。ここ最近はその優しさが当然となってしまっていて感謝が足りませんでした」

「えっ……どうしたの急に?」


 シアは確かにバニスと比べ優しく暴言もほとんど吐いてこなかったが、追放された近くは俺を見下すような視線が多かった気がする。

 そんな彼女が改まって謝るものなので俺はそれを真正面から上手く受け取れない。


「この前の巨大な魔物の一件で悟ったのです。わたくし達は傲慢で未熟だったと。ですから故郷のここで育ててくれた教会の元で再び修行を始めたのです」

「そうなのか。ともかく新しく前に進み出したなら、辛いことや大変なこともあると思うけど頑張ってね。応援してるよ」

「ふふっ。ありがとうございます」


 何ヶ月ぶりだろうか、シアは久しぶりのその美貌から繰り広げられる笑みをぶつけてくれる。


「ところで話は変わるけど、俺達を襲った男について何か知ってたりしない?」

「その男については目撃情報がありましたね。奴はとんでもない極悪人です」

 

 先程までの笑みとは反対に、シアの目つきが汚らしいものを見るものに変わる。脳内で俺達を襲った男を見ているのだろう。


「その男は十五年前にわたくしが所属する宗教の幹部を片っ端から殺害して回った、ノックス・エムスという者です」

「連続殺人犯ってことなのか?」

「そうですね。奴は十歳の頃に殺人を犯し今まで逃げて行方知れずでしたが、最近この国で目撃情報が出ていました」


 小さい子供の頃に人を殺した……か。


 あの時奴が言ったあの言葉。俺と奴の目が似ているという嫌味めいた言葉が何度も胸の中で反響する。

 口の中にベットリとした嫌な味が広がり、鼻の中に鉄臭い匂いが広がる。


「大丈夫ですか? 顔色が随分悪いように見えますが」

「問題ないよ。何ともない。もう何ともないんだよ」


 何回か深呼吸をし余分な記憶を頭から掃き出す。


「それでエムスの動向は分かる? 実は奴に大事な物を盗まれてしまったんだ」

「いえ。ただ騎士に加えわたくし達の反魔族教の者も動いていますのですぐ見つかると思います」


 反魔族教。二十年前の戦争の被害者の人間から作られた宗教だ。

 人間を高尚な存在とし魔族を悪とする理念を持ち合わせていて、かなり過激なこともやっているらしい。


「奴はとんでもなく強い。よければ奴の捜査に俺達も加えてくれないか?」


 奴の実力は体感だがミーアと共に戦った時のガラスア以上だ。

 なら騎士団や宗教の人間だけには任せていられない。みんなできっちり対策を練って数の暴力で仕留めるべきだろう。


「あなた達の実力はこの前の一件でよく知っています。わたくしの方から宗教の上の方に頼んでみます」

「ありがたいけど、部外者の俺達を混ぜてくれるかな?」

「大丈夫だと思いますよ。あそこはわたくしの意見をあまり無碍にはできないはずなので」

「無碍にはできない?」


 シアがこの国出身でここの宗教に所属していたことは知っていた。だがそこまで世間話を多くしたわけでもないのでそれ以上踏み込んだことは知らない。


「わたくしの姉は反魔族教の大司祭候補ですから」

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