第19話 水のクリスタル

「なぁアキ? 今何か不安なこととか、心配事とかない? 何かあるなら何でも相談していいよ」


 もしアキに悩み事などがあるとするなら、それは一大事だ。早く俺が解決してあげなければいけない。


「悩み事とかそういうのではないのですけれど、漠然とした不安みたいなものがありまして」

「不安?」

「はい。力を使おうとすると急に不安になってしまって、胸がギューっと締め付けられる感覚がして上手くコントロールできなくなるんです」


 俺とミーアは互いに顔を見合わせる。どうしたものかと。

 何か明確な不安材料や原因があるのならどうにかしてそれを取り除けばいいのだが、生憎その原因すら分からない。

 一応俺が軽くカウンセリングしたりするが、それでも数時間経っても全く良くなる兆候はなかった。


「ふぅ。一旦休憩にしましょ。アキもリュージも疲れたでしょ?」


 時刻は昼を過ぎ、ずっとクリスタルのコントロールの練習をしていたので流石に疲労が溜まってきている。

 アキもコントロールにかなり苦戦していたせいか息を切らしている。


「そうだな。何か食べ……」


 俺含めこの場にいる三人その場に静止して黙る。

 気配がした。少し離れた所にだが誰かがクリスタルを使った際の圧が感じ取れたのだ。


「この気配ってもしかしてクリスタル集めの参加者が誰か近くにいるのか?」

「そのようね。二人とも警戒しといて」


 俺もアキもしっかり気配は感じ取れており、圧が放たれている方に注意を向けておく。

 その気配は段々とこちらに近づいてきており、一気に速度を上げたかと思えば、距離のある草むらから動物が飛び出してくる。


 茶色の綺麗な毛並みに二本の勇ましい角。四足歩行のその動物は前世でも数回見たことのある鹿だ。

 しかし俺の中の常識からは外れた特徴を持っている。

 角にそれぞれ水の輪っかがついている。水の輪は宙に浮いており、そこからは夥しい量の魔力を感じる。


 そして何よりクリスタルの圧は鹿から放たれている。つぶらな二つの瞳が、純粋な殺意を持ってこちらを見つめている。


「参加者って人間じゃなくてもいいのかよ!?」

「いえ違うわ! あいつはクリスタルを誤って飲み込んでしまった動物よ!」


 ミーアの叫び声に反応するかのように奴が動き出す。

 角の合間に半径十センチほどの水の球体を創り出し、それを目にも留まらぬ速度でこちらに飛ばしてくる。


「みんな避けろっ!」


 俺は二人に声がけしつつ横に転がり水球を回避する。幸いそれは俺を狙ったもののようで、誰にも命中せず地面にぶつかる。

 着弾したところからは砕かれた小石が舞い上がり辺りに飛び散る。それほどに威力が高く、直撃すれば骨が折れてしまうだろう。


「リュージ様! 大丈夫ですか!?」

「来ちゃだめだ!! アキは隠れろ!」


 アキがこちらに駆け寄ってきて俺の心配をしてくれるが、今クリスタルのコントロールができない彼女を側に来させるわけにはいかない。今すぐ逃すべきだ。

 だが叫んだのも虚しく、奴は容赦なく追加で水球を高速で放つ。しかも今度は大きさこそ小さいものの、六発もの数だ。


 そしてそのうち数発はアキに向かって飛んでいってしまっている。

 気づけばクリスタルの力を全て解放して彼女の方に向かって地面を蹴って駆け出していた。いや跳んだと言っても差し支えないだろう。

 そのままアキを抱え、背中で攻撃を受ける。


「うっぐぅ……」


 腕などでガードしていればまだマシだったのかもしれないが、モロに背中で受けてしまったので予想以上に痛みが大きい。

 それでもアキの安全を確保するべく近くの茂みに彼女を放り込む。そこなら奴から死角になっているし、投げ入れられた際の衝撃もほとんどないだろう。


「とにかくそこでじっとしててくれ! あいつは俺とミーアで倒すから大丈夫だ!」


 追加で放たれる攻撃を今度は上手く躱しながら、アキが間違ってもこっちに飛び出してこないよう釘を刺しておく。

 クリスタルが使えない上に彼女はまだ子供。あの一撃をもらうだけで命を落としてしまう可能性すらある。


 何より子供に戦わせるのは気が引ける。というよりもう見たくはないしさせたくない。


「結構かっこいい所あるじゃない」

「まぁこれでも前の世界じゃ結構モテてたからね」


 遠距離から一方的に撃たれる攻撃を躱しつつ、針に糸を通すように言葉のキャッチボールをする。躱していくうちに余裕が生まれ、その中ミーアがアイテムボックスからこの前受け取った日本刀を取り出しこちらに投げ渡してくれる。


「ちょうど良い機会だわ。これを使ってあいつを倒しましょう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る