第16話 アキ

「そっちの二人……クリスタルを新たに手にした者達か」


 魔王の側近らしい男は俺と女の子の顔を吟味するように見つめる。


「魔王様からはクリスタルは口外するなと言われているが、こういう事情があるなら仕方ないな」


 クリスタルを口外したことを怒ってくるかと思ったが、案外話が通じるようでその件は不問にしてくれるようだ。


「こっちの人はリュージって言って何故かクリスタルを全属性使えるんです。それと背負ってる女の子は何でか火のクリスタルを所持しています」

「それ自体は知っている。だからこうして姿を現して色々伝えに来たんだ」


 ポケットに手を突っ込み、低い声色でボソボソと話す。


「まずお前達二人もこのクリスタル集めに参加することを許可する。

 リュージは何でもいいから特定の属性のクリスタルを十個。そちらの子は火のクリスタルを十個集めたら魔王様が願いを叶えてくれるだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は構わないけど、この子はクリスタルを理解していない子供なんだ。戦いに巻き込むのはやめてくれないか?」


 俺の言葉に対して返ってきたのは明確な悪意が籠った視線。何か彼にとっての地雷を踏んでしまったのだろうか?

 だが彼はその冷静沈着な態度を崩そうとはしない。


「それは好きにするがいい。それはそれとしてお前ら二人にはこれを渡す」


 男はポケットに入れていた両手を取り出しいつのまにか手に持っていた物を見せてくれる。

 片方はトンファーで、もう片方は……日本刀だ。


「待ってくれ……何で日本刀があるんだ!?」


 日本刀。前世で見たことがある武器だ。当然この世界にあるなんてことはありえない。


「さぁな。お前の知っている武器と偶然似ているだけじゃないのか? この異様な形の剣はお前のために魔王様が用意したものだ。似たような物を知っているなら上手く扱えるかもな」


 どう考えても日本刀にしか見えなかったが、どのみち使い慣れているので好都合だと思っておくことにする。


「そこの子供にはこのトンファーだ」


 俺の背中に担がれたまま女の子はトンファーを受け取る。黒色をメインに打撃で打つ所は金属でできており、彼女には少し重たいのか持ち上げる手がプルプル震えている。


「代わりに持つよ」


 そんな姿を見兼ねて代わりに俺が預かる。


「お前はこの前渡したナイフを持っているな?」

「えぇなくしてないわ」

「ならこいつらに使い方を教えてやれ。オレは魔王様の所へ帰る」


 彼がマントをバッと広げれば、それが回転し始めて彼を包み込む。それが段々と小さくなっていき、あっという間に彼はこの場から消えてしまう。


「この武器……どう使うんだ?」

「それも大事だけれど、今日は暗いし疲れたし一旦帰って休みましょ。あなたも……そういえばあなた名前は何て言うのかしら?」


 ミーアが名前を尋ねるが、女の子は口を開こうとはせず困り顔を浮かべ唸るだけだ。


「もしかして名前も覚えていないのか?」

「はい……そうみたいです」


 自分の名前すら覚えていないほど重度の記憶障害。

 この子には恐らく奴隷時代にできたであろう擦り傷や痣がいくつもあったが、それらが記憶障害の引き金となったとは考えにくい。実際売り物として高値をつけるためか顔など頭部には傷はない。

 だとすると精神的にかなりの負荷がかかってしまい過去を思い出せなくなっているのだろう。


 だとすると思い出させない方がこの子のためだよな……もし思い出させてしまったら心が壊れてしまうかもしれない。


「名前がないと呼びにくいし、私達で名前を決めない?」


 ずっとあなたとかその子などと言うのは味気ないので、俺達二人はこの子に名前をつけてあげることにする。女の子もそのことには異論はないようで、俺達の出す案に耳を傾ける。


 うーん……クリスタル。つまり水晶を扱う女の子か……水晶……晶……


「じゃあアキっていう名前はどうかな?」


 連想ゲームのように単語を捻り出し、ある一つの名前を口にする。


「私は良いと思うけれど、肝心の本人はどうなのかしら?」

「アキ……えへへ。良い名前ですね」


 当の本人もこの名前には満足してくれたようで、俺達に対して初めて笑顔を見せてくれる。


「それじゃあリュージにアキ。クリスタルや武器の扱い方は明日から教えるから。今日は帰って体を休めるわよ」


 そうして俺達は街に戻り宿まで戻るのだった。

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