第10話 説得

「長老!? 何故人間がここにいるのですか!?」


 俺の顔を見た途端、まだ事情を知らなかった男のエルフが騒ぎ出す。


「この人達は通りがかりの旅人じゃ。今回の件を善意から手伝ってくれると申し出てくれた。異論は認めんぞ」


 長老は目を鋭くし騒いでいるエルフに圧をかける。

 男達は納得はしてはいないが長老の判断なのでそれ以上は口出ししなかった。


「今から二チームに分けてそれぞれ人間の街に出向いて奴隷市場を探ってもらう」


 長老は俺とミーア含めたこの場の全員を二つのチームに分ける。

 俺とミーア、そして長老とエルフィーと男二人のチームと、その他男八人のチームとなった。


「この地図に書いてある場所がそうなのか?」


 長老に言われ、ミーアは向こうのチームの唯一人間の街に行ったことがある男性に印が付けてある地図を渡す。


「そうよ。信用するかどうかはそっちで判断してもらえればいいけ……」

「信用するさ。というよりするしかないだろ。それしかあいつらが助かる方法はない」


 家族の命がかかったこの人達は非常に真剣で、もう人間の協力があーだこーだ言うのはいなかった。


「では向かおう。くれぐれも死なないようにな」


 二チームは別れ、俺達の方は元いた街へと向かう。

 しかし時間も時間で、街に辿り着く前に日が落ちてしまう。


「ここで止まろう。夜の森は危険じゃ」


 長老が足を止め、男二人に薪を持ってきて火を起こす準備をするように言いつける。


「長老!? 危険が何ですか進みましょう!! そうしないと……」

「わしらが仮にあの子達が売られる前に着けたとしても、体力がなければ返り討ちに遭うだけじゃ」


 長老が言うことはもっともだ。

 俺達が体力がなくてもクリスタルの力があれば負ける可能性は低いが、それでも集中力の低下から逃げられてしまったり人質を取られてしまう可能性がある。

 それを考えれば休んでおくのが最善手だろう。


「それはこんな人間達に合わせてるからでしょう!? 人間の力なんか必要な……」

「黙れ!! お前はいつまで駄々を捏ねれば気が済むんじゃ!!」


 食い下がるエルフィーを長老は叱責する。彼女はそれに何も言い返せず、拗ねてこの場を離れて行ってしまう。


「え!? エルフィー!?」

「いや……今は一人にさせてやってください」


 俺は離れる彼女を引き止めようとするが、一人にしてやれと長老に制止させられる。

 

「まぁあの子の気持ちも分かるわよ。目の前で家族が人間に乱暴に扱われて、そりゃ恨みたくもなるわよ普通」


 ミーアも彼女を引き戻すことは端から諦めていて、薪拾いを手伝っていた。


「あの子はまだ子供なんです。許してやってくれませんか?」

「別に許すのは全然良いんですけど……」


 自分があれこれ言われるのには何とも思わないので別に良い。だがそれよりも恨みに飲まれているエルフィーがただ心配だった。

 今の彼女はどこか自暴自棄にも思えて見てられなかった。奴隷商人相手に自爆特攻でもしそうな気配もあった。


 あの様子……流石に落ち着かせないとヤバいよな……


「すみません長老。ちょっと様子見に行ってきます」


 直感的に、肌で危機を感じ、彼女を放っておけずに俺は長老の頼みを破り彼女の元まで向かう。

 エルフィーは少し離れた川辺にうずくまっていた。


「ひぐっ……うぅ……」


 エルフィーは涙をポロポロと流していた。顔には擦った跡があり赤く腫れている。

 きっと攫われた妹のことが心配で情緒が不安定になってしまっているのだろう。


「大丈夫?」


 何を言われるか分かったもんじゃないが、それでも俺は後ろから優しく声をかける。


「っ!? 何でここに……来るな! 人間に慰められても嬉しくなんかない!」


 案の定エルフィーはこちらを睨み声を荒げる。まるで獰猛な獣のようだった。


「別に慰めに来たわけじゃないよ」

「えっ……?」

「誤解を解きに来たんだよ。悪い人間ばかりじゃないって」


 俺はギリギリ足が水に浸からないくらいの位置に座りゆっくりと話し始める。


「何を……人間はいつもアタシ達を騙そうとする。悪い奴ばかりさ」

「そうだよ。そういう人間もいっぱいいる。否定はしないよ」

「……じゃあ何が言いたいの?」

「でもそれだけ良い人間もいっぱいいるんだよ」


 俺は両手に石を持ち、それを回転させ投げ水切りをする。

 片方は二回しか跳ねなかったが、もう片方は十回も跳ねてくれた。平たくて良い石だったのだろう。


「だから人間全体を憎んで自暴自棄にならないで欲しいんだ」


 俺は水面に映る自分の顔と睨めっこしながら話を続けるのだった。

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