9日目




 天気予報士は嘘しか吐かない。


「今日は朝から晴れが広がり、過ごしやすい一日となることでしょう」


 そんなことを言うが、家の外はしとしとと雨が降っている。


 しかし、悪いのは天気予報士ではないのは分かっている。

 ただ、少しだけ悪態をつきたくなっただけ。


 朝食のパンを胃袋に収め、傍らに置いていた通学バッグを手に取る。


「それじゃ。 母さん、行ってくるよ」


「あ、行ってらっしゃい! 気を付けてね」


 玄関で靴を履き替えたタイミングで、見送りに来てくれた母さんに短く返事をして、傘を手に取る。


 家から一歩、外に出れば雨が出迎えてくれる。

 それほど雨足は強くないが、傘がなければ学校に着く頃にはずぶ濡れになるだろう。


 何故か僕の周りだけで雨が降る。

 それは天気予報とか気象とか関係なく、どこからともなく僕の上に集まってくるらしい。


 所謂、雨男というやつだ。

 ただの雨男と言うには度が過ぎていると思う。


「はぁ……。 なんでこんなに雨に好かれてるんでしょうかね」


 最近日課になりつつある、寂れた祠へのお参り。

 家の隣にあるので、通学前は必ず寄るようになった。


 合掌をして、お供え物として学校でよく舐めている飴を、祠の中にある小さな台座に二つ乗せる。


 いつもこの時間に来るとお供えした飴が無くなっている。

 そのため、お供え物の飴が増え続けるということはないのだが、少しだけ何処に消えたのか気になる。


 まさか、カミサマが食べている、なんてことはないだろうか。

 現実的に考えて、野生動物が持っていったか、此処を管理してる人が持って帰ってるんだろうとは思うけど。

 もしも、カミサマが食べてるのだとしたら。


「雨男が治ってくれると嬉しいです。 ……カミサマには関係ないかもしれないけど」


 あまり期待し過ぎず、そう伝えてから学校への道に着く。

 一瞬だけ雨足が弱まった気がしたけど、多分気のせいだ。




「ここ最近、異常気象だよねぇ」


「学校近付くと急に降り始めるんだもん。 傘手放せなくなっちゃった」


 そんな話が僕の耳に入ると、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 六月でもないのに、急に雨が降るというのは僕のせいなのだろう。


 母さんも言っていた。

 僕が学校とか外出すると急に晴れるんだって。


 そのせいで、湿気に弱い子達はここ一週間くらいずっと不機嫌だ。


 そうは言っても、どうして雨が止まないのか僕には分からないので対処のしようがない。

 だから悪いけど、この局所的な雨は仕方ない。


「ねね、こんな噂話あるの知ってる?」


「え? なになに?」


「この学校に究極の雨男が居るって噂!」


 思わず、びくりと体が跳ねてしまった。

 僕のことだろうか。

 いや、でも。

 僕以外にこういった経験をしている人が居るのだろうか。


「なんでも、隣のクラスの青田ってヤツがその雨男らしくてさー」


 自然と早足になった。


 青田という名前はこの学校では二人しかいないらしい。

 一年生と二年生に一人ずつ。

 その内、二年生の青田が僕だ。

 ちなみに一年生の青田さんは女の子らしいので、男で青田と言っても僕のことになるようだ。


 どうしたらいいんだろう。

 どうしようもできないな。

 直ぐに諦めに入ってしまった。


 だって、本当にどうしようもないんだ。

 僕の意思じゃどうにも出来ない。

 だから、諦めるしかない。

 そう自分に言い聞かせるしかなかった。


 僕が教室にある自分の席に着くと、一人の男子生徒がどしどしと足を踏み鳴らしてやってくる。

 そして彼は僕の襟首を掴み。


「オイてめぇ、どうしてくれる! てめぇのせいで婆ちゃんが死んじまったじゃねぇか!!」


 怒鳴ってそんなことを言われても、僕には身に覚えがない。

 むしろ、困っているご老人が居たら率先して助けてあげる質だ。


「えっと、身に覚えがないんだけど……」


「あ? てめぇが降らしてる雨が原因だよ! それのせいで婆ちゃんが転んで事故に会って死んじまったんだよ!!」


 それは、とても悲しい事故だ。

 本当に僕が関与していたのだとしたら、謝るのも吝かでは無い。

 だけど、それは本当に僕のせいなのだろうか。


「その、僕が雨を降らせているという根拠は? 証拠もないんじゃあ、僕がやったっていう証明にはならないでしょ?」


「お前が通った道だけが雨に濡れる、それが証拠だ!」


 暴論だ。

 それに、彼の家は僕の家とは真逆だし、天気予報で雨だと言えばその日は普通に雨が降ったらしいし。

 僕が原因である確証では無いと言える。


「いや、君の家と僕の家は真逆でしょ? お婆さんが何処に住んでたのかは分からないけど、僕のせいだとは断言できないでしょ?」


「うるせぇ! てめぇじゃなきゃ誰のせいだって言うんだ!?」


 誰のせいでもないよ、そう言おうとした時。

 予鈴が鳴る。


 その他にも彼にかけてあげたい言葉が幾つかあった。

 しかし、今この場では叶わないらしい。


 彼は怒り心頭のように見えて実は割と冷静だったのか、予鈴が鳴ると大人しく引き下がった。

 不穏な言葉を残して。


「ちっ。 月の無い夜は気を付けろよ」



テーマ:ところにより雨

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