8日目





「私の代わりにいっぱい幸せになって」


 それが彼女、リナの最後の言葉だった。

 私の幸せは君が居て始めて成り立つものだと、君は知らなかったのだろうか。

 いや、私が伝え損ねていたのかもしれない。


 私が研究にかまけていても、リナは嫌な顔一つせず私の世話を焼いてくれた。

 だと言うのに、私と言う奴は。


 大切な物は失って始めて気付くという。

 彼女の事を蔑ろにしていた私への報いがこれなのか。

 それにしたって残酷が過ぎると思わないか。


 悔恨が尽きない。

 いっその事、楽になってしまえれば良いのに。


「博士、お体に障りますよ」


 そう言って私の体にブランケットを掛けてくれたのは、私の助手であるレナだ。

 彼女はリナよりも二倍近く付き合いが長い。

 そんな彼女は、実はリナの妹なのである。

 その事を知ったのはリナが亡くなる数週間程前になる。

 リナとレナは姉妹だが、驚くほど似ていないのだ。

 顔もそうだが、性格も仕草すらも。


 以前ならこうして私を気遣う事すら無かったのだが、レナにそうさせてしまうほど、彼女の目には今の私の姿が危うく映っているのかもしれない。


「すまない。 だが、しばらく一人にしてくれないか」


 そう伝えるとレナは大人しく引き下がる。

 リナとレナの違いは、そういうところだ。


 酷く落胆して小さくため息を吐く。


 何故、レナではなくリナだったのか。

 確かに、研究ではレナの有能さにはかなり助けられていたが、彼女には悪いが、それは私にとって替えのきく物でしかない。

 対して、リナはいつしか私の心の支えになっていたのだ。

 いつからそうだったのかは分からない。

 しかし、こうして彼女の事を繰り返し思い出しては、ため息を吐いてしまう程に彼女に入れ込んでいたらしい。


 足音が近付いてくる。

 またレナだろうか。

 そう勘繰って振り返った時。


「随分とご傷心の様ですが、大丈夫ですか?」


 ハイヒールを履いた男が立っていた。

 中性的な声をしているが歴とした男だ。

 声とハイヒール以外はどう見ても男なのだ。


「マリオか。 なんだ、私を笑いに来たのか?」


「いえ。 傷心の人を更に痛め付ける趣味はありませんよ。 ただ、もしも、リナさんが蘇る可能性があるとしたら、貴方はどうします?」


 壁に背を預けて値踏みをするような視線を送ってくる。


 そんな方法、あるはずがない。

 死者は蘇らない。

 これは絶対の摂理だ。


「あるはずがない。 あるとしたらそれは神への叛逆に等しい行為だろう」


「……もしも、それがあるとしたら、ですよ」


 もしも、なんてないだろう。

 でも。

 もし、本当にもしも、そんな術があるのなら。


「もし、そんな方法があるのならば、なんだって差し出すだろうな」


「ふふ、自分のプライドや倫理観すらも、ですか?」


 その言い方に引っ掛かりを覚える。


「……この手を、汚せと言うのか?」


「いえ、それほどの覚悟があるのか、という喩え話ですよ」


 肩を竦めてそう言う。

 食えない男だ。


 覚悟というのなら、言うまでもない。


「人という生き物は何かを捨てなければ何も得られないだろう? 過去の誤ちを正せるのなら……失ったはずのこれからを少しでも得られるのであれば、その程度は惜しむまでもない」


「では、私達はこれから共犯者です。 博士」


 共犯者。

 やはり手を汚すのか。


「何をさせるつもりだ、と言いたげですね。 まぁまぁ、落ち着いてください。 ただ入れ物を作って彼女を呼び戻すだけです」


 話が飛躍している。

 いや、これは魂があるという前提で話をしているのか。


「なんだ、魂だのと非科学的なことを言うのか、君は」


「いえいえ、魂は存在しますよ。 ただ、見えないだけで、ね」


 虚空を見詰めながら笑うその表情は正常な人のそれではない。

 一言で言い表すなら、イカれている。


「分かった、仮に魂があるとしよう。 その魂を入れる器はどうする。 アテがあるのか?」


「アテも何も、貴方の助手が居るじゃあないですか。 先程も忌々しそうに見ていた、あの助手。 あぁ、良い素材になりそうだと、そう思いませんか?」


 やはり、コイツはイカれてる。

 しかし、私もイカれているのかもしれない。

 それは名案だと、少しだけ思ってしまったからだ。


「しかし、リナとレナは容姿も身長も何もかもが違うが、どうする。 やはり蘇生と言うからには容姿も再現する必要があるだろう?」


「それなら、リナさんのご遺体がまだ新鮮じゃないですか。 モツだけ入れ替えてあげればいいんです」


 確かにリナは膵臓の機能不全が原因で亡くなったが、だからと言ってそっくり入れ替えればそれで解決といく訳がないだろう。


「大丈夫、大丈夫ですよ。 既に理論はありますし、調査も済んでいます。 リナさんとレナさんの適合率は極めて高いですし、問題ありません。 ただ、貴方は彼女達のモツをそっくりそのまま入れ替えるだけでいい」


 そんなこと、許されるのだろうか。

 どんどんと視野が狭まって行くのを感じる。

 体の中を何か悪い物が浸食していっているかのような。


「大丈夫です。 レナさんからはもう承諾を得ています。 あとは博士、貴方が意思と決意を固めて実行するだけなのです」


 なんと悪魔のような男なのだろうか。

 私の答えが決まってしまった。


「分かった。 では、計画を立てよう」


「ええ。 お互い、悔いがないように綿密に計画を立てましょう」





 多少の問題は発生したが、計画は概ね順調に進み、全ての事が済んだ。

 私が行った手術は問題なく成功したはずだし、マリオが行った手術も成功したと聞いている。


 マリオは脳外科医だ。

 行った処置は記憶に関する処置だと聞いているが、細かい施術内容は聞いていない。

 専門外の私が聞いても、どうにもならないだろう事は目に見えているので問題は無い。


 ただ、初めての事で不安が胸に満ちているのだ。


 ともかく、後はリナの意識が戻るのを待つばかり。


「……ここ、は?」


「目覚めたか! リナ!!」


「そっか、私……」


 感極まってリナを抱き締める。

 私の背中を優しく撫でるその手は、正しくリナの物だ。


「また、会えて良かった。 本当に……良かった。 ……今まですまない」


「いえ、……大丈夫、だから。 泣かないで」


 声も、温もりも、全てリナだ。

 手術は、計画は全て成功したのだ。


「レナには悪いがまた会えて良かった」


「……えぇ。 ……本当に悪いけど、こうなって良かった」



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