我が家ってどういうこと!?

 いにしえの竜という存在が世界に認知され始めたのは、ごく最近のことだ。


 あたしが通う学院でも世界史や精霊魔法学に加え、いにしえの竜に関する科目が急遽取り入れられたのは今年に入ってからだった。先生が時間をたっぷりかけて講義してくれたおかげで、卒業試験を無事に乗り切ることができたんだよね。


 世界が創造されてからずっと生き続けているいにしえの竜は、上位幻獣に括られるドラゴンとは別の種族らしい。かれら竜たちは卵から生まれたわけじゃなくて、初めから世界に竜として存在していたんだって。

 いにしえの竜たちが有する属性によって呼び名は違うの。

 あたしの国ルーンダリアがある大陸で存在が報告されているのは四体。樹海に棲む地竜、お城で保護されている火竜と白竜、そして魔竜。

 白竜は雪の属性で癒し、魔竜だったら闇の属性で破壊の特性を持っていたりと、それぞれ性格も違うみたい。今回レインの結界が壊れたのは、破壊特化と言われている魔竜の爪が原因なんだと思う。


 そんな生きる化石とも言える存在が、今、あたしの目の前にいるだなんて信じられない。

 

「え、我が家ってどういうこと!? あなた、本当にいにしえの光竜なの!?」


 うちの国に光竜がいるだなんて初耳なんだけど! 先生もそんなこと言ってなかったよ。

 面食らった顔のあたしに、レインはへらりと笑ってあっさり頷いた。


「ええ、そうなりますね。だからここが鳥の巣だと言われるのは心外なんです」

「レイン、さっき考古学者だって言ってたじゃない!」

「あー、それは人族に擬態する時に装う僕の職業ですね。ただの学者って言えば、誰も僕がいにしえの竜だと思わないでしょう?」


 擬態って……。言い方はどうにかならないのかしら。あたしたちのことを「人族」って言ったりもしてるし、レインがいにしえの竜——人外の存在っていうのは、あながち嘘ではないのかもしれない。


 でもレインはぱっと見では普通の人間だ。

 上はシャツに黒のネクタイとくすんだ青色のベスト、下は暗い色のスラックス。その上からは白衣に似た白と金を基調としたロングコートを着込んでいて、耳は人間と同じ丸い耳。ツノも尻尾も、ドラゴンに定番な皮膜の翼さえないんだもの。レインが自ら正体を明かしてくれなければわからなかったかも。

 それより、いにしえの竜ってもともとはドラゴンの姿をしてるんじゃなかったかしら。


「どうしてドラゴンの姿じゃなくて、人間の姿をしているの? 誰も入れないように結界まで張っちゃってさー。あたし、そのせいで大きなタンコブ作っちゃったんだからね!」


 すっごく痛かったんだから。ま、知らなかったとはいえ勝手に竜の巣に入っちゃったあたしも悪いんだけどさ。


 今もおでこのあたりにつくったたんこぶはじんじんと鈍い痛みを主張してくる。

 腫れ上がった部分を触らないようそうっと前髪をかき上げて軽くレインを睨みつけた。あたしの立派なたんこぶを目の当たりにしたであろう彼は、形のいい眉を下げてしゅんと背中を丸めた。


「すみません。それは申し訳ないことをしました。そうですね、僕が結界で巣を隠していたのは人の王様に僕の存在を認知されたくなかったからなんです。僕たちいにしえの竜は強い魔力を持つゆえに狙われやすい反面、たとえ加害されたとしても人を傷つけることは許されていませんので」

「……あ、そっか」


 そういえば先生も、あたしたちで言う人権がいにしえの竜にはない状態だって言ってたわね。


 いにしえの竜とあたしたちとでは、からだのつくりが違う。彼らの鱗や爪、翼の一つ一つは濃密な魔力がある値打ちもので、魔術的な素材になるんだって。要は売ればお金になるらしい。

 そういう理由で悪い大人に標的にされやすいのに、拘束されたり傷つけられたりしてもいにしえの竜たちは人に抵抗することさえも許されていないという。万が一、反撃して誰かを傷つけようものなら、世界を管理しているエラい人に罰を与えられるんだそうだ。しかも加害した人はお咎めなしだっていうんだから、理不尽だと思う。

 そんないにしえの竜たちが抱える窮状を憂いた国王様は、今年になってから行動に出た。あたしたち学生や大人たちにもいにしえの竜という存在を認知させ、法を新しく整備して、国として規制と保護を進めているんだ。学院でも今年から科目として取り入れられ、卒業試験にも出るようになったんだよね。そのおかげで、あたしもいにしえの竜についてある程度知っていたわけだけど、こうしてホンモノを目の前にして言葉を交わすと、やっぱり胸が痛むわけで。


「そうだよね、そりゃ隠れたくもなるよね。実際に人の手によって殺されちゃった竜だっているわけだし。……ごめんなさい」


 細長い尻尾と自慢の三角耳を下げ、さらに頭も下げてあたしは謝った。


 どれだけ生きていようと、誰だって死にたくないもの。それはレインだって同じだよね。反撃できないのなら、あたしたち人と関わり合いになりたくないのも当然だ。

 過去の歴史で、いにしえの竜は人の手によって討たれてしまったこともあったらしい。あたしはその時代には生まれていないし何も悪いことはしてない。けど、すごく申し訳ない気持ちになった。だって、あたしたちの同胞がかれらを傷つけたのは事実だもの。

 過去は何をしようと変えられない。けれどせめて、目の前にいる当事者である彼には謝りたかった。頭を下げた途端、慌てたレインの声が降ってくる。


「あ、いえ! 謝らないでください。アイリスは何もしてないでしょう?」

「そうだけど、レインが隠れようと思ったのはあたしたち人のせいじゃない」

「悪いのは、むしろあなたに怪我をさせたのは僕の方です。そりゃ魔竜の爪で破壊された時は驚きましたけど、まさか僕が作った結界でたんこぶを作らせてしまうとは……。結界の障壁って、凶器にもなるんですね。覚えておきます」

「凶器とか大袈裟だよー! 気にしないで。冒険とお宝に目がくらんであたしが勝手に突っ込んだからなんだし」

「いいえ、気にします。とりあえず、僕に治させてください」


 たんこぶのことを口走ったのはレインに謝って欲しかったわけじゃないのに、余計なことを言っちゃった。

 けれど、彼はまた背中を丸めたりはしなかった。にこりと笑ってくれた。

 レインの長い指があたしの手首をやさしくつかむ。人じゃないからなのか、彼の指はやっぱりあたたかくなかった。


 鈍い痛みと熱を持つおでこに触れないよう、レインは手をかざした。銀縁眼鏡の奥で目を閉じる。

 透き通った肌、顔を縁取るきんいろの髪と長いまつ毛、形のいい唇。間近で見てみると、レインはきれいな顔をしてる。今いるこの部屋が虹色に光る石に包まれているからなのかな、彼の透明なグラスがときどき七色に光っているように見えた。

 開かれた唇からは歌が聞こえてきた。聞いたことがない言葉の歌。まるで子守唄みたい。ゆっくりとしたテンポで、低くてやわらかい声が心地よくて。眠たくなってくる。


 熱を持って痛んでいた傷が次第に引いて行くのがわかった。レインが歌っていたのはほんのわずかな時間だったと思う。なのに、レインが手を離してくれた時にはすっかり痛みはなくなっていた。そうっとおでこに触れてみたら腫れもなくなっている。


「すごい! 治ってる!!」

「ふふふ、得意分野ですからね。僕の——、いにしえの光竜が持つ特性は真実の探求と癒し、ですから」


 ああ、どうりで……。どうして考古学者なんだろうと思ったら。そっか、あなたは真実を探している竜だったのね。

 新たな発見にあたしの胸が小さく音を立てる。そわそわと尻尾が揺れる。

 レインの快晴の空に似た色の瞳が深みを増していく。しょんぼりしたり慌てたり、さっきまで頼りなかったのに得意げに笑ったレインはカッコよく見えた。


 to be continued…

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