【KAC20246トリあえず】まぼろしのトリを求めて
依月さかな
とりあえず遺跡探索行こっ!
すべての発端は、冒険者のお兄さんにもらった一枚の羽根だった。
世界各地を旅をしながらギルドからの依頼をこなす旅人さん。その冒険譚を聴くのが子どもの頃から大好きだった。今日も学校帰りに偶然会った強面の冒険者さんにわくわくするようなお話を聞いたの。
今回聞いたのは遺跡や古城、その場所に眠る金銀財宝のお話だ。
あたしが暮らす王都の外れには灰色熊の森が広がっている。なんでも昔は熊の獣人さんが住んでいたみたいなんだけど、今は誰も住んでいないらしい。で、その森を入った奥には古くて大きな遺跡があるんだとか。人気がないその場所には、黄金色の大きな翼を持つ怪鳥が棲んでいるんだって!
そして巣の中には鳥がためこんだ金銀財宝があふれるくらいにあるらしい。
大抵、そういう魔物の巣はお城の騎士さんたちの手が入っていて、あたしみたいな学生は立ち入り禁止で入れなかったりするんだけど、どういうわけかまだお城からの規制は入っていないらしい。つまり、今なら誰でも出入り可能ってこと!
そんなロマンあふれる話を聞かされて、あたしはいても立ってもいられなかった。好奇心で揺れる細長い尻尾をもう押さえることができない。
すぐに学生寮に戻って、クローゼットに仕舞っていた弓矢と短剣を握りしめ、ウエストポーチには非常食のお菓子を詰め込んで。そうしてあたしは制服姿のまま遺跡までやってきたのだった。
卒業を目前に控えたあたしは学者志望の進路を取っていたんだけど、本命の夢はトレジャーハンターになることだった。
野営できるように狩りの特訓をしたし、森の歩き方もこの頭に叩き込んでいる。学校を卒業したら、冒険者の一員になるため準備を欠かさなかったんだ。今回は、冒険へのスタートが早まっただけ。
いよいよ今日この日に、あたしのトレジャーハンターへの道が開かれるんだ。そう思うとすごくわくわくして、胸が高鳴った。
噂の遺跡はまるで巨大な岩の洞窟だった。見間違いかと思ったけど、冒険者のお兄さんに書いてもらった地図は何度見ても間違いはない。
ぽっかりと空いた大きな穴は大きな魔物の口みたい。その奥には光のない闇が広がっている。中に入ると見えないなにかに飲みこまれてしまいそうで、あたしの耳と細長い尻尾がぶるりと震えた。
せっかく寮の夕飯をすっぽかして、こんな森の奥地までやってきたのに今さら引き返すわけにはいかない。
まだ陽が沈む時間じゃないのに、森の中は鬱蒼としていて暗い。あたしは夜目が効くだけまだよかったけど困った。そういえば遺跡に入るのにランタンを一つくらい持ってこればよかった。
どうしよう。冒険は明日にしようかな。あたし、光の魔法なんて使えないし、灯りがないんじゃ探索できないよね。ああ、でもこの奥には巨大な黄金怪鳥の巣があって、その中には輝かんばかりのお宝の山が……。
「ううん、やっぱり引き返すわけにはいかないわ! 暗くて無理だったら、火を起こせばいいし」
背には弓と矢筒、腰には提げてある短剣を確認していざ洞窟の中へ。大きく一歩を踏み出して、あたしはついに遺跡探索へのスタートを切った……のだけど、
「いったぁい!」
早速物理の壁にぶち当たった。
ごちんと大きな音をたてておでこに固いなにかがぶつかった。すごく痛いしひりひりする。
「もぅ、最悪。なんなのよー!」
おかしい。目の前にはぽっかりと暗い闇が広がるばかりでぶつかるようなものは何もない。なのに、おでこを触ると大きなたんこぶができていた。
そっと前に手を伸ばせば固い感触があった。手のひらを前に出せばぺたりとした感じ、拳を作って叩けばコツコツと音が鳴る。なにこれ、まるで透明な壁みたい。
一体全体どうなっているの? 学校の授業で習った魔法の結界に似ている。
せっかく遺跡を前にしているのに、入れないなんてひどすぎる話だわ。
「こうなったら、とっておきのもの使っちゃお!」
だんだん独り言みたいになってきたけど気にしないことにする。それ以前に一人で見えない壁に激突して悶絶していた姿の方が恥ずかしすぎるもん。
あたしは腰のベルトの鞘から短剣を引き抜いた。抜き身の刀身は真っ黒。少し動かすと黒く光っていて変わった剣なんだけど、すごく切りやすくて気に入っているんだ。
とは言っても、こんな目に見えない壁みたいなものを切れるだなんて、さすがのあたしも思わない。けど、なにもしないで尻尾を巻いて逃げるだなんてくやしい。せっかく弓矢も短剣も持ってきたんだし、なんでも試してみよう。
もう一度拳を作って、目の前の空間を叩いてみる。こつこつと音が鳴るのを確認してからあたしは剣を逆手に持ち、見えない壁に突き立ててみた。
するとびっくり。信じられないことに、ほんの少ししか力を入れていないのに、ばりぃんとガラスが割れるような大きな音があたりに響いたんだ。
「ええええ!? うっそぉ!」
夜空よりも濃い闇がすうっと消えていき、虹色の世界があたしを迎える。色とりどりの光の奔流が目に飛び込んでくる。でもそれは一瞬で、溶けてなくなってしまった。
視界が元に戻ると、そこは何の変哲もない洞窟……のはず、だった。
さっきまで誰もいなかったその場所に、岩壁にもたれながら分厚い本を手に立ち尽くす、眼鏡をかけた男の人がいた。あたしが素っ頓狂な声をあげると、お兄さんは青い目を大きく見開いて、魚みたいに口をぱくぱくさせていた。
「は!? え? うそ、なんで……!?」
この人、あたしと同じこと言ってる。
どうしてなんてこっちのセリフ。いきなりばりーんと大きな音がしたと思ったら、いきなりお兄さんが現れたんだもん。
ううん、それよりも。
「やだーっ、先客がいた!! あたしが一番乗りだと思ってたのにっ」
あふれるほどの金銀財宝、お宝が盗られちゃう。いや、もともとあたしのものじゃないんだけどさ……。でもまさか、あたしより先に遺跡へ入り込んでいた人がいたなんて!
よくよく考えてみれば、あの強面なお兄さんが幻の黄金鳥の話をしたのは初めてじゃないのかもしれない。もしかしたらあたし以外の人にも話していたのかな。
これは重大なことだ。大変! 財宝が横取りされちゃう。お宝を手に入れるのはいつだって早い者勝ちだって決まってるんだから。
でもこのお兄さんはぽやんとしているから大丈夫かしら。今も虫も殺せなさそうなこの人に負ける自分なんて想像つかないわ。今も銀縁眼鏡の奥で青い目を丸くして、きょとんとしている。
お兄さんが着ているシミ一つもない、丈の長い白の上着が印象的だった。中には濃いグレーのシャツと黒のネクタイに青のベストを着込んでいる。どれも上品なデザインで、トレジャーハンターと言うよりは賢者さんか学者さんみたい。長い金髪は丁寧に一つに結んでいて、髪も服も乱れが一切ない。
靴は汚れのない革靴だし。学生服姿のあたしが言えたことじゃないけど、とても遺跡探索をするような格好には思わないわ。
「一番乗りって、ここは子供の遊び場などでは……って。あああああっ、それは!!」
困惑した顔でぶつぶつ言っていたのに、お兄さんは突然大きな声をあげた。穏やかだった顔が鋭くなり、その目はあたし……ううん、あたしと言うよりもあたしの手の中にある愛用の短剣を見ている。
叫ぶやいなや、お兄さんは猛ダッシュしてきたものだから、あたしはびっくりして一歩も動けなかった。彼の大きくて長い指があたしの小さな手を包み込む。
ずっと洞窟の中にいたのかな。お兄さんの手はひんやりとしていた。
「それはあの忌々しい魔竜の……! 魔竜の爪で作った短剣ですね!?」
これでもかと言うほど目をひん剥いて、お兄さんはあたしの手の中にある短剣を凝視している。今、忌々しいって言ったよね? すっごくこわいんだけど!
さっきも言ったけど、あたしの短剣は刀身が真っ黒だ。普通の剣って大抵は銀色だから珍しいなと思ってたんだけど、まさか見ず知らずのお兄さんにまじまじと見られるほどのものとは思わなかった。
「魔竜の、つめ? えっと……、あたしにはよくわからないんだけど。これはテストの点が良かったご褒美でパパに買ってもらったものだし」
「その黒い刀身は間違いなく、破壊を特性とする魔竜の爪で作られたものです! すっごく貴重なものなんですよ!」
手を握られたまま食い気味で言われた。なんなんだろ。
まりゅう……、魔竜ってもしかして、今お城で国王様の保護を受けているって噂の、いにしえの魔竜のこと?
「そういえばパパ、お仕事かなにかでお城に行った時に魔法具店で買ったって言ってたっけ。へぇ、いいものなんだ。黒い剣って珍しくてカッコいいし、切れ味もいいからお気に入りなんだよね」
うふふ。こうして初対面のお兄さんにベタ褒めされちゃうなんて、すごくいい気分。最高のお宝をプレゼントしてくれたパパには感謝しなきゃ。
頬を緩めて笑っていたら、お兄さんはあたしの手を離してがっくり項垂れてしまった。背中を丸めて細長いため息を吐いている。さっきまであたしの剣に食い気味だったのに。
「ああ……、なるほど。ようやく理解できました。魔竜の爪でできた剣だったから、結界を破壊できたんですね。はぁ……もう嫌になりますね」
またため息をついた。今度は海底のように深いため息だ。
やっぱり、この洞窟には結界が張られていたんだ。お兄さんがどうして頭を抱えているのかよくわからないけど、どうして結界が張られているのにこの人が洞窟の中に入ることができたのかしら。見たところ、普通の人間っぽいし。
「ええと、お兄さんは遺跡の中で何をしてたの?」
「遺跡? ……ああ、この洞窟のことですかね。ここは違いますよ。遺跡とは、過去に人の手で作り上げた建築物、人族の営みの跡が残された場所のことです。トリあえず、ここは自己紹介ですネ……」
「なんで、最後だけカタコトなの?」
あたしの問いかけには答えずに、お兄さんはこほんと咳払いをした。ねえ、あたしの言葉は無視なの?
「僕の名前はレイン。この通り、考古学を研究しています」
分厚い本を片手に抱えて、お兄さんは微笑みかけてくれた。
何をもって「この通り」なのかよくわからないんだけど。もうこの際、ツッコむのはやめておこう。
相手が名乗ったのなら、あたしも自分の名前を明かさなくちゃ。
「あたしはアイリス。猫の獣人よ。ルーンダリア
「トリ……?」
ぽつりとつぶやいて、レインと名乗ったお兄さんはきょとんとした。形のいい顎に指を当てて、うーんと唸り始める。
レインの目はまるで快晴の空を切り取ったみたいに鮮やかな色だ。眼鏡の奥でその目をきょろきょろとさまよわせたあと、彼はあたしを見てやわらかく微笑んだ。
「鳥のことはよくわかりませんけど、おそらく場所を間違えたのかもしれませんね。人の目を盗んで作られたこの洞窟は古代の遺跡でも怪鳥の巣でもありません。ほら、来てください」
あ、笑うときれいかも。叫んだり項垂れたりで顔がころころ変わるからわかりにくいけど、よく見ると肌が白くて鼻筋が通っている。髪はサラサラしていて痛んでないし。結構な美人さんかもしれない。
レインの大きな手があたしの手をつかむ。触れられた瞬間に、胸のあたりがどきりとした。男の人に手を握られるのは生まれて初めてだ。しかも二度目。彼の指はやっぱりつめたくて、あまりあたたかくなかった。
白い上着をひるがえして、レインはあたしの前を歩いていく。優しく引かれるままにあたしもついて行く。奥にどんどんと進んでいくと、ついに開けた場所に出た。その瞬間、あたしの目にやわらかな光が飛び込んできた。
岩肌が剥き出しの洞窟のはずなのに、その空間は七色の光に包まれていた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。色彩豊かなその光が薄暗い穴の中を彩っている。
「……きれい」
あたしがそうつぶやくと、隣でレインがくすりと笑った。
よく見ると岩肌には七色の宝石のような石が貼り付いている。明るいのはこの石が発光しているからなのかしら。
「ね、どう見ても鳥の巣じゃないでしょう?」
やわらかな声音があたしの大きな三角耳を震わせる。顔を縁取るきんいろの髪が七色に輝いていて、まるで絵画から抜け出してきた人のように美しかった。魅入られたかのように、レインから目が離せない。
「我が家へようこそ、アイリス。ここは創造の時代より永い時を生きてきたいにしえの竜、光竜の巣なんですよ」
我が家ってなに。いにしえの——、光竜?
突然すぎるタイミングで正体を明かされてしまったせいで、語られた言葉を理解して受け入れるのに、あたしはしばらく時間がかかってしまった。
to be continued
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