絵空事の夢

相川美葉

序盤


海は幼い頃から兄のする化粧が大好きだった。


兄は化粧をする仕事に就いており、小学生の時に『家族の仕事について』というテーマの作文では『お兄に化粧された人は、みんな幸せそうな顔をしてた』と自慢げに発表していた。


親戚の中で兄の化粧を体験したのは祖母だけで、去年の九月頃だった。


祖母は海達兄妹に「おじいちゃんみたいに早く逝くんじゃないよ」と口酸っぱく言っている人で、その台詞が海の覚えている唯一の言葉でもあったのだ。


普段は化粧など全くしていない祖母が兄に化粧をされると、今は眠っているだけですぐに目を覚ます、と錯覚する程に美しい出来栄えだと海は感動し、凄い凄いと目を輝かす。


父と母は苦い顔で「そうだね」としか言い様がなかった。


また、海は校庭を駆けずり回る男子と同じくらいのお転婆っぷりで、将来は大丈夫なのかと家族一同で心配したが、高校生になっても段差で転ぶ、走って滑るなどは変わらなかった。もはやお転婆というより幼い子供のよう。


そんな子供の興味を引いたのが、冒頭部分で書いた兄のする化粧だった。


自分もしてほしいと思う気持ちは年々強くなる一方、どうしても兄はそれを拒む。



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