第87話 ナンパではなかったようです

 部長と呼ばれた男性が私の方へと歩いてくる。

 走って逃げ出してもいいのだけれど、私の手には10本のポーションとゴブリンソードが握られていた。

 ここはショップの中だ。いきなり走り出したら、万引きを疑われてしまう。


 仕方なく、あらぬ方向を向いて、知らぬふりをした。


「あ、あの……。君……。もしかしてダンジョンポイントをあまり持っていないのかな?」


 気取った口調で部長が話しかけてきた。

 その声は聞き返したいくらいに小さいボリュームだったが、私は耳が良いために完全に聞き取れてしまった。


 警戒心を抱きながら、返答する。


「……お兄ちゃんから、1ヶ月に使えるDPダンジョンポイントは5万までって言われていて……」


「そうか!」


 なぜだかとても嬉しそうな顔をする部長。右手で小さくガッツポーズをしていた。


「よ、よ、よ、良かったら……僕がポーションを買いましょうか……?」


 どこかで聞いたことのあるセリフ、と思ったら先程の予行練習そのままだった。


 ポーションの値段は100DP。

 100DP×10=1,000DP

 つまり、10本を買っても1,000DP。


 これを買ってもらって、「ありがとう。さよなら」ってわけにはいかないよね……?


 私は手を上げ、断ることにした。


「いや、たったの1,000DPですから。これくらい出せますので」


「あ、そうだよね。そりゃそうだ。あはははははは」


 部長は空笑い。

 そしてUターンをして身を翻そうとしたところに、離れたところにいる4人からの無言の圧力があった。

 ぐぬぬ、と顔をしかめたあとで、私に向き直る。


「じゃ、じゃあ、あの……。もし、この後、何も予定がなかったら、僕たちとダンジョンへ行かないかい? よかったら、案内するぜ」


 握った手の親指だけを立て、仲間の方を指差す。

 最後はなんだか、格好つけた口調だった。

 気取っているつもりのようだが、なんというか、普通にしゃべってもらいたい気もする。


 そんなことより、これはいったい何なのだろうか?

 心に思ったことが、口から漏れ出てしまった。


「もしかして、これ……。ナンパ……?」


 部長はメガネの奥で大きく目を見開く。

 ボッと音が出たかのように顔を真っ赤にした。

 あたふたと戸惑い、メガネをくいっとあげながら言う。


「ぼ、ぼ、ぼ、僕がナンパなんてするわけないじゃないですかあ。これでも進学校で有名ななん高校の生徒なんですよ。なん高校は偏差値79で、……って、あ、知っていますよね? 僕はそこのダンジョン部の部長をしてる高峰康介たかみねこうすけといいます。よろしくお願いします」


 最後はとても丁寧な口調で、しかも深々とお辞儀までされてしまった。


「あ、筑紫春菜つくしはるなです。こちらこそ」


 つられて、私も同じようにお辞儀を返した。


「それで、あの……。筑紫春菜さん。春菜さんはダンジョンが2回目とのことですが。ハンター事務局のガイドなしに、お一人で行かれるのですか?」


「はい、そのつもりですが……」


「僕らは部の活動として、何度もダンジョン遠征を行っております。今回でちょうど50回目の遠征となります。ベテランというほどではないですが、初心者の春菜さんにいろいろと教えることもできると思うんです。初心者はガイド無しのダンジョン探索は危険だと言われています。よかったら、僕らと行きませんか?」


 部長さんは私との会話に慣れてきたようで、普通にしゃべってくれるようになった。最初は挙動不審なおかしな人かと思ったが、どこにでもいる普通の高校生だった。


「でも、私はダンジョン配信がメインで。迷惑なんじゃないかと」


 部長に向け、自撮り棒に装着したダンジョンデバイスを持ち上げて見せる。


「いやいや、そんなことないですよ。僕たちも部の記録も兼ねてダンジョン配信をしているんです。チャンネル登録者数も800人くらいいるんですよ。登録者数を増やすにもいろいろテクニックがあるんです。だから、春菜さんの配信にも貢献できると思うんですよね。僕たちと行けば安全ですし、配信のコツも学べるし、もうこれは一石二鳥、一挙両得、いいことづくめです。春菜さんはきっと才能の花が開きますよ。あなたから感じるのは、才気煥発さいきかんぱつ脱俗超凡だつぞくちょうぼん、きっとすごい才能の持ち主です! さあ、僕らと行きましょう!」


 才気煥発とか脱俗超凡とか、私の知らない四字熟語を駆使して褒めてくる。

 意味はまったくわからないけれど、きっとそれだけ頭がいいのだ。


「じゃあ、あの……。よろしくお願いします」


 私は彼らと同行することを決め、頭を下げた。

 少し離れたところでは残りの部員である4人がこそこそと話をしていた。 


「やりましたでする。部長。さっそく昨日覚えた四字熟語が炸裂したであります」

「ダンジョンでかっこいいところを見せるのであります」

「緊張しますです。手汗がやばいであります」

「大丈夫であります。僕たちの平均レベルは20です。きっと驚くでありますよ」

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