第86話 3階のショップへ
「美沙でいいぞ。私のことは美沙と呼んでくれていい」
すっかりくつろいだ姿勢になっている美沙さんは私に言った。
「美沙……さん」
さすがに呼び捨てはまずいと思い、さん付けで呼ぶ。そして、彼女の装備に目を向ける。
「その鎧、いいですね」
美沙さんが着ているのは真っ白な鎧だ。
「お、これか? 3階のショップで1億8千万
「え!? 1億8千万DP!? そんなにするんですか!?」
美沙さんによると、名称は
それにしても、1億8千万DPとは……
とてもじゃないけれど手が出ない。
「お前なら買えるんじゃないか? ダンジョンで結構稼いだんだろ?」
「私は一ヶ月に使えるDPを5万DPに制限されていて……お兄ちゃんに……」
「一ヶ月に5万DP!? アハハハ! 中学生かよ!」
「中学生です……」
美沙さんは笑いながら格闘技場を降り、そのまま背を向けた状態で片手を上げた。
別れの挨拶を私に告げて去っていく。
「じゃあ、ダンジョンでな。また会おう。まあ上層で私と遭遇することはないと思うけどよ」
「はい、またダンジョンで」
私はその背中に軽くお辞儀をした。
美沙さんと別れたあとは3階のショップへと向かった。
ここには訓練場以上にたくさんの人がいた。
スーパーマーケットのようにたくさんの棚が並べられており、実体化された装備やアイテムが展示されている。
剣や槍や斧などの武器はもちろん、鎧や盾、小手やブーツなどの防具がある。
その他には各種ポーション類、食料品や日用雑貨、キャンプ用品まで揃っている。
使い道がわからない水晶玉やクリスタルなんかもあった。魔法が込められていたり、特殊な効果が発動したりするようだ。
これらを中央カウンターへ持っていくとダンジョンデバイスにデータとして格納することができる。支払いはすべてダンジョンポイントで行う。
さて、私は何日ダンジョンへこもるのか? と考えたところ、平日は日帰りしか選択肢がない。今日は土曜日だからダンジョンでキャンプを張ってもいいのだけれど、1人でのキャンプは危険がある。寝ている間にモンスターに襲われる可能性があるからだ。
それに、お兄ちゃんからダンジョン配信は1日3時間に制限されている。だから、ダンジョンに泊まる意味はない。
一番の理由は予算だ。1ヶ月で5万DPという金額はキャンプの準備をするには足らなすぎる。道具を揃えることができない。
学校もあるし前回のダンジョンでは授業を休んだので、学校の先生からは注意を受けた。それもあって、なるべく泊まりは控えることにする。平日に来るときは放課後になる。
まるで部活みたいだな、と思った。
毎日通うのならば、ダンジョン部? 私の中学校にはダンジョン部はない。高校ならば、そんな部活があると聞いたことがある。
さて、何を買おうかな、と店内をブラブラと歩く。
食料はたんまりと持っていた。それと、1本で1万DPを超える高級回復ポーション、治癒ポーションもたくさんある。
少しだが、腕の欠損を修復できるほどのポーションも所持している。これは相場で数百万DPはするだろう。
しかし、上層で使うのであれば安いポーションでいい。
高いポーションを使うのはもったいないので、100DP程度の最安ポーションを何本か買っておくことにした。
あとは武器を買う。安い短剣でいい。
少し損傷はあるが、中古で手頃なゴブリンソードがあった。名称は少し気になるが、5000DPと値段はお得だ。
ここで全部の予算を使うわけにはいかない。
合計で6000DPになるので、今月の予算は残り44000DPだ。
少し離れたところから男性の声が聞こえてきた。
「あ、あ、あ、あの……女子……。初心者っぽいでありますよ……」
声のしたほうを見ると、仲間も合わせて5人がいた。すべて男性だ。高校生くらいだろうか?
こっそりと話をしているつもりのようだが、私は耳がいいのでしっかりと聞こえてしまう。
「あ、あまり……。DPを持っていないのであるようでござります」
「こ、ここは……。我々が、かっこいいところを見せ」
「つまり、そういうことでございますか? どういうことでござる?」
「我々が、おごるのでござろう」
「いいところを見せるのでありまする」
5人でこそこそと何かを話した後、一人の男性が前へと押し出された。
「部長!」
「部長!!」
「部長どの!」
ぐいと押され、一人の男性ハンターが前に出て、私のほうへと近寄ってきた。
「ね、ね、ねえ。そこの君」
どうやら緊張しているようだ。話し方がぎこちない。年齢は私よりも少し上だろうか。17歳か18歳くらい?
真面目そうな顔立ちでメガネを掛けている。
少なくとも上級者ではないようで、装備品は高そうには見えない。
「もしかしたら、ダンジョンに潜るのは初めてなのかな?」
微妙に視線が私の目とは離れ、少し宙をさまよっている。
「2回目です」
私が答えると、
「そ、そうなんだ。ダンジョンは危ないところだからね。気をつけるんだよ。それじゃ」
それだけ言って、他の4人のところへ戻っていった。
「さすが、部長!」
「かっこよかったであります!」
「すばらしく女性慣れしております!」
「部長は姉がいるのでござります。当然です! 女性に免疫があるのです」
「我々とは違いますな!」
私に話しかけてきた男性を囲んで、やいやいと言っている。
「ダンジョンに誘うのであります!」
「いっしょにダンジョンへ!」
「部長ならできます。やれるのです」
「女の子といっしょにダンジョンで行くのであります!」
「ダンジョン部初の女性同伴であります!」
そして話しかけてきた男性の背中を4人は押す。
「部長!」
「部長!!」
「部長どの!」
「部長だけが頼りでござる!」
私には聞こえていないつもりなのだろうが、しっかりと聞こえてきた。
こちらにやって来るのは、どうやらダンジョン部の部長のようだ。
本当にあるんだ。ダンジョン部。
「しょうがねえ。俺がやるしかないな」
髪をかきあげるダンジョン部の部長。
私との距離がある時は、太くてたくましい声だ。
私のところへ向かいながら、独り言のように会話の練習をしていた。
――よ、よ、よ、良かったら……僕がポーションを買いましょうか……?
なぜか距離が近くなるほど、声に力が抜けていく。
話しているのが丸聞こえだから、どう反応したらいいのか困るんだよ……。
私はよもや聞こえていないふりを演じて、明後日の方向へと顔を向けていた。
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