第81話 念願のレベルアップ

 小太りの男を見て、私は顔を歪めていた。

 自撮り棒の先に装着していたダンジョンデバイスはすっかり床を向いていた。


「なんだ? その目は? デバイスで俺のことを映すんじゃねえぞ。いじめてるみてえじゃねえか」


 デバイスの設定は3Dにしてある。どの方向に向けても360度が撮影されてしまう。私は拗ねるように口をへの字に曲げた。


「だから、てめーはよお、弱っちいんだから、配信なんかするんじゃねえ。生意気なクソガキが撮影しながらダンジョンをチョロチョロしてんのは気に食わねえんだよ」


 そこへ、さきほど私のことをかばってくれた女性ハンターが、男との間に割って入った。

 私の代わりに反論してくれる。


「誰だってレベルが低いところから始めるんです。ダンジョン配信も、誰に迷惑をかけているわけでもありません」


「いいや、違うなあ。ガキの存在自体が迷惑なんだよ。おいガキ。今から配信には俺さまの許可が必要だ。俺さまを転ばせるくらいできたら、配信を許可してやるからよ。だがまあ、それにはレベル20以上は必要だがな」


「おいおい、何年かかると思ってんだよ」


 痩せぎすのハンターがからかうように言う。


「俺は生意気なクソガキがきれえなんだよ。なんもできねえくせに、人気だけを取りに行く。そうやって、苦労せずに稼ごうとしやがる。どうせ、たいした視聴者もいねえんだろ。ガキには現実を教えておいてやらねえとなぁ。配信で人気が出るのは一部の人間だけだ。誰もお前の配信なんか見やしねえんだよ。お前に興味なんかねえんだよ」


「あなたねえ……。いい加減に……」


 女性ハンターが言い返そうとしたが、男たちは背を向けて歩きだした。

 小太りのハンターが剣を鞘から抜き、天井に向けて振り上げた。


「さて、2階の訓練場で魔法の試し打ちでもすっか。俺さまの魔法剣が火を噴くぜ。48階層で手に入れた、このレアアイテムってやつでよ」


 その姿を見て、周囲のハンターたちがどよめいた。


「おい、あれ」

「見ろよ、あの剣」

「魔法属性が付与されているというやつか?」

「ファイアーマジック・ソードだろ?」

「あれをドロップするなんて、運がよすぎだろ」

「くそー、俺が欲しかったぜ。相場で1千万DPはするんじゃねえか?」


 階段の手前で小太りの男は振り向き、私に向けて大きな声を出した。


「てめーはレベル3か? 4になるんか? 俺さまの試し打ちの練習台にでもどうだ? 練習台になるってんなら特別に配信を許可してやるからよ。きっと配信も伸びんぞ? お兄ちゃんとやらの装備が丸焦げになったらよお。受けるじゃねえか、真っ黒女の泣きべそ配信なら。いくらやっても誰の迷惑にもならねえしよぉ」


「ぎゃはははは、きっと人気出るぜ」と笑いながら他の2人のハンターとともに階段を上がっていってしまった。


「2階に訓練場があるのですか?」


 私は女性ハンターに訊ねた。


「ええ、レベルが上がって新しい魔法やスキルを獲得した場合、実践前に試しておかなければなりませんから」


「じゃあ、レベルアップ申請が終わったら2階に上がらないとですね」


「駄目です! あんなのを相手にしちゃ! 絶対に行っちゃ駄目ですよ!」


「駄目ですか?」


 私は聞き返しながら、デバイスのカメラを2階へ上がる階段の方へと向けていた。

 男たちはすでにいなくなっていた。


 ◆ ◆ ◆


 ハンター事務局のカウンターにやってきた。

 長いカウンターには受付の女性が3人いる。


 ここではレベルアップ申請だけではなく、保険の手続きやアイテムの買い取りなども行ってくれる。ダンジョンポイント=DPを日本円に換金することもできる。

 逆に日本円をDPに換金することもできるのだが、こちらは手数料が徴収されてしまう。


 どんな手続もあまり時間はかからない。そのため、カウンターには誰も待っている人はいなかった。


 受付にレベルアップの申請を申し出る。


「レベルアップ申請ですね。では、ダンジョンデバイスをよろしいでしょうか」


 私は言われたとおりにデバイスをカウンターに置いた。

 そこには丸いお盆状の装置がある。

 装置に置かれたデバイスから内容を読み取っているようだ。


「しばらくお待ちくださいね」


 通常は1秒で終わるそうだ。しかし、丸いお盆状の装置は青くピカピカと光るだけだ。


「もうしばらくお待ちください」


 受付の女性に言われる。


「もう少々お待ちください」


 女性の声の調子が少しおかしくなる。

 装置は黄色に光り、赤い発光へと変わる。


「センター長!!」


 受付の女性が突然叫んだ。その場を離れ、他の受付の女性といっしょに慌てだした。誰かを探しているようだ。


「センター長はどちらにいらっしゃいますか!? センター長!!」


 大きな声を出すものだから、まわりにいた他のハンターたちの視線が集まる。

 何事かと、みんながこっちを見ていた。


「たいへんです! 獲得経験値が30億を超えています!!」


 威厳がありそうな年配の男が歩いてきた。


「何!? 30億!?」


 60歳は超えていそうだが、筋肉質でガタイがいい。口ひげをはやしており、おそらく彼がセンター長だ。


 センター長は大きな声を張り上げたため、周囲がますます騒がしくなる。


 ざわざわ……と、そんな擬音がふさわしい様子に事務局は包まれていた。


「機械の故障か!?」


 怖い顔のセンター長。


「故障ではないようです……」


 センター長の迫力に押され、受付の女性は少し泣きそうな顔をしていた。


「討伐履歴を確認しろ!」


 受付の女性は手元のタブレット端末で何かを確認している。確認の結果をセンター長に見せていた。


「最終到達階層は!?」


 同じように受付の女性が結果をセンター長に見せる。

 センター長は顔を赤くした後、今度は少し青ざめる。


「ど、どういうことだ……!?」


 迫力のあったセンター長の声がかぼそく、弱くなった。


「ば、化け物か……? こいつ……」


 私だけに聞こえるとても小さな音量。

 受付の女性が申し訳無さそうに私に言う。


「お、お待たせしてすいません。こんなに一気にレベルがアップすることは初めてでして……」


 センター長はここでやっと通常の音量で声を出した。


「初めてどころじゃない。異例中の異例だ。ダンジョンが出現して以来、こんなことが起こったことがない。イレギュラー中のイレギュラーだ……。事務局長に連絡を……」

 

 周囲はやはり、ざわざわと騒がしいまま。


 ――億……

 ――30億とか聞こえたけど……

 ――経験値の話?

 ――何年分溜め込んだの?

 ――いや、何年とかじゃねえだろ。

 ――ダンジョン配信でそういうネタがあったけど

 ――レベル2で220階層へ行ったとかいうフェイク?

 ――フェイクだよな? あれ

 ――で、レベルはいくつなの?

 ――とんでもないレベルになりそうなんだが?


 センター長は誰かと電話をしているようだった。

 受話器を耳に当てている。


「……事務局長はご存知だったのですか? でしたら人が悪い。ご連絡をいただけたら。え? 話しても信じなかっただろうって? 実際に目にしないと信じない? いや、こうして目の前で見せらても信じられません。こんな、女子中学生が220階層を踏破しただなんて……。はい……。ええ……。はい……。かしこまりました。仰せのままに」


 そして、受付の女性が説明をしてくれる。


「ええと……。筑紫春菜様。本日よりジャパンランキングに登録となります。当事務局としましては優先的に春菜様のサポートをさせていただきますので、お困り事がございましたら、なんなりとお申し付けくださいませ。当事務局は全力で春菜様のダンジョン攻略を支援いたします。ダンジョン攻略は人類全体の悲願です。当事務局をパートナーと思っていただき、今後とも協力をしてダンジョンを攻略いたしましょう」


 私はデバイスで配信をしながら黙って説明を聞いている。

 なんだか、大事になってきたような気もする。


 お兄ちゃんに上層で学んで来いと言われただけなのだ。

 だから、気軽に上層でダンジョン配信をするつもりでいた。

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