第80話 初めてのハンター事務局

「みなさん、やってきました。ハンター事務局です。私は今、事務局の前にいます。たくさんのハンターたちが建物の中へと入っていきます。みなさん、強そうな人ばかりです」


 目の前にそびえるのは12階建てのビルだ。

 1階から3階が『ハンター事務局』、4階から上は立入禁止で『ダンジョン管理協会』の事務所がある。


 何人ものハンターたちがハンター事務局を出入りしていた。どのハンターたちもダンジョン探索に慣れているようで、パーティを組んでいると思われる者もいる。


 私の配信に、視聴者がコメントを書き込んでくれる。


■レベルアップ申請ね

■最初に来るべき場所

■ここに来るまでが長かったねー

■今日は黄金装備じゃないのね

■初級用革鎧だっけ? それ

■いいねいいね。初々しい

■ハルナっちお金持ちでしょ? 高い装備、買っちゃおうぜ


 装備は買えないんだよなー、お兄ちゃんから1ヶ月で5万DPしか使えないように制限されちゃったから。

 と、複雑な思いを抱えたまま配信を続ける。


「では、初めてのレベルアップ申請をしてみようと思います。けっこう、ドキドキしています」


 ダンジョンデバイスは自撮り棒の先に装着している。視聴者は3Dで見ることができるので、私の顔も見ることができるし、デバイスの先の風景も見える。


 目の前にあるハンター事務局の入口はガラス張りの自動ドアだ。一般的なお店のドアとは違い、何人も入れるくらいの大きさがある。


 横並びに10人くらいは入れるだろうし、高さは1階の天井まである。非常に大きな自動ドアだった。


 それだけの大きさがあるので、絶対に邪魔になるはずもないのに、他のハンターがぶつかってきた。

 こちらをギロリと睨む。


「邪魔なんだよ。ダンジョン配信してんのか? 素人がチャラチャラやってんじゃねえよ」


 ハンターのすべてがダンジョン配信をしているわけではなく、配信を見ているわけではない。

 そして、ダンジョン配信をよく思わない者もいる。


 配信をするハンターは、戦闘で稼げない者だったり、あるいは自分の強さを誇示したい者だったりする。


 稼げないハンターは金目当てであるし、そうでないハンターはずば抜けた強さだ。


 ダンジョン配信で稼げない者も多く、配信者の格差は大きいのが実情だ。

 だが、目立つのは超がつくほどお金持ちになってしまった配信者か、超がつくほどの実力者。


 そんな配信者はごく一部であるのだが、その一部のイメージは強い。

 だからこそ、ダンジョン配信を嫌っている者がいるのも事実だった。


 おそらく私にぶつかってきたハンターもその1人だろう。

 年齢は中年くらいでおそらく30歳前後。筋肉質ではあるが、腹が出ていてやや小太りでもある。

 肩や膝には鋭い棘のような三角錐の金属が見える。タックルなどで攻撃することもできる防具なのだろう。


「迷惑なんだよ。端っこでやれや」


 低いドスの利いた声で威圧するように言ってくる。


「ん? どうしたんだ?」

「おいおい、トラブルはやめてくれよ」


 男の仲間らしきハンターもやってきた。3人組のパーティのようだ。

 私はハンター事務局に一歩を踏み入れたが、初めての一歩がなんとも言えない複雑な気持ちとなってしまった。


「お前レベルいくつだ? お嬢ちゃんよ?」


 小太りの男が顔を近づけてくる。鼻息が荒く、加齢臭のような不快な臭いが漂ってくる。


「あ、え、あの……、えっと……。レベルは……2です……」


 おどおどしながら応えると、男は一瞬きょとんとした顔をした直後、突然に大きな声を出して笑い出した。


「ぎゃはははははは!」


 腹を抱えながら、仲間の男の肩をばんばんと叩く。


「2? 2だってよお! 2はねえわあ。こいつ、レベル2だとよ! 雑魚中の雑魚じゃねえかあ!」


 仲間の男は小太りをなだめながらも、私のことを見下ろしてくる。


「おいおい、笑いすぎだろ。でも、レベル2だって? 大丈夫なのか? 今日死んじゃうとか、やめてくれよ。後味が悪いからよ」


 もう一人の男は少し冷静だった。


「他人のことは放っておけ。死ぬやつは死ぬ。レベルはいつハンターになったかによるだろう。お前だってレベル2になるのに3日はかかったんだぞ」


「いや、そうだけどよお。レベル2って久しぶりに見たぜ。今は金さえ払えや事務局のサポートも得られるし、そうすりゃ1日でレベルなんてあがるぜ。1週間もダンジョンに潜ればレベル3くらいにはなるだろうよ」


 相変わらず小太りの男は腹を抱えていた。

 別のハンターが私の顔を覗き込む。


「でも、このお嬢ちゃん、学生っぽいしなあ。完全な初心者なんじゃねえのか?」


 このハンターは痩せぎすの男だったが、やはり年齢は高そうだ。目尻には皺も見えた。

 私は学生かと聞かれたので正直に応える。


「あ、中学2年生です」


「中学生かあ、じゃあ仕方ねえか、って言いたいとこだけどよ。ここはダンジョンなんだ。モンスターはこっちを殺しに来る。ガキが遊びに来るとこじゃねえんだよ」


 別のハンターも同じように言ってくる。


「そうだよ。お前はいつハンターになったんだ? 何日くらいダンジョンに通ってんだよ」


 私は考え込む。

 ダンジョンにはどのくらい潜っていただろうか。

 フレイムドラゴンを倒して216階層へ降りたのがちょうど10日後。

 ダンジョンを出ることができるまでに、その倍くらいの時間がかかっていた。


「1ヶ月くらい……です……」


 小太りの男は笑い出す。


「ぐはは。やぶあ。ぶはあ。あはは。わ、笑わせないでくれ……。腹が痛てえ。レ、レベル2に1ヶ月。1ヶ月もかかってやがんのか。どれだけ、どんくさいやっちゃ……」


 うー……。

 違う。

 レベル2になったのは初日だ。

 すぐにレベルは上がったのだ。

 でも、そのことを言っても信じるわけがないだろう。


「お前。笑いすぎ」

「笑いすぎだ」

「中学生なんだからそんなもんだろ」

「死なないだけ立派だろうが」

「まあ、でも装備は普通かな?」


 1人の男が私の革鎧を覗き込む。


「それなりに高かったんじゃないのか? 15万DPくらいかな? その革鎧は」


 確かに中学生にとっては高いのかもしれない。だが、これは買ったものではない。

 私はここでも正直に答える。


「これはお兄ちゃんの装備です……」


 それを聞いて、小太りのハンターはまたお腹を抱えだす。


「お、お兄ちゃん……ぷぷ」

 別のハンターも少し笑っている。

「お兄ちゃんの装備って……」


 小太りにハンターは笑いが止まらない。

「わ、わりい。腹痛え……。お、お兄ちゃんの装備って……。お、お兄ちゃんの……。ごめ、ツボに嵌った……。笑いすぎて、腹が……。腹が痛え……」

 ずっと笑い続けていた。


「まだ、装備も自分で買えないのか……。ぎゃははは……。おにい、お兄ちゃんの装備……。お兄ちゃんのって……」

 痩せぎすのハンターが宥めながら自分でも笑っていた。

「笑うなって、仕方ないだろ。まだレベル2なんだ」


 そこへ、つかつかと女性ハンターが近寄ってきた。


「あなたたち、笑いすぎです! こんな小さな女の子がモンスターを倒したんですよ。倒せていなかったらレベル2になることもできないんです!」


 それでも男たちの笑いは止まらない。


「いやあ、でも2はねえわ」


「笑わせてくれる」


 私はダンジョンデバイスを振り上げて宣言した。


「でも、私。今日、レベルアップするので! 今からレベルアップ申請です!」


 小太りの男は笑いを止め、感心するような声を出した。


「おお、お嬢ちゃん。レベル3になるのか」


「もっといきます!」


 私の宣言に、一度は止まった笑いが再発してしまう。


「げははは! レベル2個分以上経験値を溜め込んだってか?」


「ありえねえだろ」


「レベルを1つあげるだけでもどれだけ大変だと思ってんだ? でもまあ、1ヶ月分を溜め込んだんなら、あるかもなあ?」


「いやいや、レベル3から4はとんでもなく長えんだよ。レベル5はこんなガキじゃ1ヶ月だと無理だ。お前がレベル5になったら裸踊りしてやるわ、6ならここでウンコしてやるよ!」


 小太りの男は変なことを言いだした。


「しなくていいです!」


「レベル10個あげたら、俺の全財産、お前にやるぜ」


「いらないです!」


「まあ、俺のようにレベル24になるには何年かかるかねえ。俺さまは3年かけて500万DPを溜め込んだぜ。ダンジョンは儲かるんだよ。お嬢ちゃんもレベルをあげたら稼げるようになるかもなあ」


 男は私の頭をわしゃわしゃとかき回す。


「ぐぬぬ……」


 私は唇を噛み、上目遣いで男を睨みつけることしかできなかった。


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