第77話 扉を通れない?

「じゃあ、帰りましょうか」

「帰るぞ、春菜」


「はい!」


 もりもりさんとお兄ちゃんの言葉に、私は元気よく返事する。


 お兄ちゃんの装備を持ち出して始めたダンジョン配信。

 それも、もう終りを迎える。

 地上へ戻る記念となる放送。

 今回の冒険での最後の記録。


 もちろん私はこの様子をデバイスで配信する。世界中でたくさんの人が見ているはずだ。


「みなさん、いよいよ地上へ帰ります。私の目の前には上層階へ上がる扉があります」


 この中に入り、扉を閉めると中の空間が上層へと連れて行ってくれる。


 もりもりさんとお兄ちゃんは先に扉へ入り、向こうで待ってくれている。

 最後に残った私。


 向こう側はエレベーターのような箱になっており、扉を閉じると上層階へと向かう。


「最後の1人になりました。地上へ帰ります」


 デバイス画面に映るのはギガント重装鎧。

 兜のバイザーを上げているので、私のかわいい顔もちゃんと映ってくれている。

 相撲取りの何倍も大きいほどの巨体であることが気になるが、地上に帰れば装備を外すことができる。


■いつものパターン

■予想を裏切らない

■ワクワクが止まらない

■期待値MAX

■早く、早く

■221階層へ行くの?

■当然まだ帰らないよね?

■まだ続きます。

■これからも配信、楽しみにしています。

■早く、いつものパターンを

■これだけを楽しみに生きている

■どうせまた帰らない(帰れない)んでしょ?


「何を言ってるんですか、みなさん。帰りますよ」


 ダンジョンデバイスは自撮り棒の先端に装着している。

 私自身を自撮りしながら、扉へ向かう。

 先にデバイスが扉をくぐる。

 私も続いて扉の中へ入ろうとして……


 ガンッと頭をぶつける。


「痛っ!!」


■装備を外そう

■その姿じゃ扉に入れない

■さあ、制服姿に戻って

■できないことを言うなよ

■呪いの装備を外す方法は?

■ハルナっちはこのままダンジョンの住人?

■ダンジョンに住むの?


 姿勢を低くして潜ろうとするが、今度は肩がひっかかる。


 偽装扉ダミー・ドアーにミミックを吸い込ませた際、私は扉の枠に引っかかり吸い込まれなかった。


 この鎧の大きさは、どうやっても扉に入ることのできるサイズではないのだ。


「ちょ、ちょっと待って。入れない……?」


 私はあれこれ四苦八苦して扉を潜ろうとするが、何をどうやっても無理だ。


「鎧をデバイスに格納したらいいのでは?」


 すでに扉の中にいたもりもりさんが言う。


「実は、この装備。呪われていまして」


「なるほど……」


「だから……外せないのです……」


■最後まで面白い

■わざとやっている?

■それにしても頑丈な鎧だ

■無駄に防御力が高いから壊すこともできそうにないね

■万事休す?


「呪いは地上へ上がると自動的に消えますよ」


 もりもりさんはなんでもないことのように軽く言う。


■しかし、どうやって地上に戻るか? それが問題だ

■呪いの装備ってなかなかドロップしないから研究されていないだよね

■地上に帰ると普通に外せるから、誰も調べていない


「大丈夫、ちゃんと方法はありますよ。春菜さん」


「え!?」


「ほら、こちら側は十分に広いんですよ。春菜さんの体が入れるくらいに」


 もりもりさんは私を迎え入れるように両手を大きく広げる。


 確かに扉の向こう側は十分な広さがある。

 エレベーターの箱のような空間だ。


「さあ、こっちに来てください。春菜さん」


「来てと言われても……」


「まだ気がついていませんか? そのネックレスですよ」


「ネックレス?」


 鎧の下に装備している神王のネックレスのことか……。


 ネックレスの中の写真の人物の元へと転移する。


 そうか、これを使えば。


 けれど、どうやらお兄ちゃんはこのネックレスに自分の写真を入れているようなのだ。確認はしていないけれど。


 最後の最後でお兄ちゃんに抱きかかえられたりしたら、それはブラコンっぽくてちょっと恥ずかしい。


 けれど、背に腹は代えられない。

 覚悟を決めて、さっさと帰るのだ。


 スキルを発動……


 ――愛の証明サーティフィケーション・オブ・ラブ

 

 私の身体は光の粒に包まれ、扉の中へと瞬間移動。もりもりさんの胸の中にダイブしてしまう。

 

「え? なんで……?」


 私の顔はもりもりさんに抱きかかえられるような格好だ。


「ずいぶん体の大きな義妹いもうとですね」


 もりもりさんは私を抱えながら優しく微笑む。

 一方でお兄ちゃんは苦笑している。

 

 どういうこと?

 てっきりお兄ちゃんのところへと移動するかと思っていたのに。


 私は混乱しつつも、居心地の良いもりもりさんの胸の中で目を閉じる。


 もりもりさん……。

 ありがとう。


 私を助けに来てくれて。


 扉が閉まる。


 自分の装備をボロボロにして、命をかけて私のもとまで来てくれた。


 私一人では脱出できなかった。

 もりもりさんが来てくれて流れが変わり、ミリアと出会い、お兄ちゃんが来ることができ、ユカリスさんもやってきた。そして私は帰る。


 身体に感じる浮遊感。

 何層もの高さを上昇していく感覚。

 すごく長い時間のように感じた。


 なんだか夢を見ているようにふわふわしている。

 眠くなってきた。

 ずっと夢でも見ていたんじゃないかと思える。


 黄金の装備に身を包んだもりもりさんが私を抱きしめている。

 私よりずっと大人で、強い女性だな、と思う。

 もりもりさんのようなお姉さんがほしいな、となんとなく思った。

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