第62話 またお兄ちゃんに怒られました

 私のダンジョンデバイスは地面の上に落ちていた。

 目の前のキメラを警戒しつつ、拾い上げると着信音が鳴る。


 お兄ちゃんからの通話だった。

 接続ボタンを押す。


「お前、なにやってんだーーーーーー!!」


 耳をつんざくような大きな声。


 おもわずデバイスを頭から離し、顔をしかめる。

 もりもりさんは苦笑していた。


「あの……、お兄ちゃん……。これから、キメラとの戦闘が始まるところなんだけど」


「今、地上が大混乱なんだぞ! サキュバス・クイーンがレベル173の状態で逃げ回ってて、地上で追いかけっこだ! 俺も急いで戻ってきたけど、とんでもねえ機動力だぞ、こいつ! ……あ、おい。そっちに回ってくれ。コンビニの裏に回った。挟み撃ちしよう。木の陰にいる。完全魅了だけは気をつけろよ。顔を注視しないように……」


 たぶん、こうなると思っていた。


 ハンターが帰還石を使った場合はダンジョン攻略を放棄したものとみなされる。レベルは0になり、ダンジョンと関わることができなくなる。


 一方で、モンスターを帰還石で地上へ送った場合はどうなるのか?


 モンスターはダンジョン攻略をするわけではない。

 攻略を破棄したわけではないので、ペナルティーはない。

 レベルはそのまま。

 ダンジョンと関われなくなることもない。


 そしてダンジョンの1階層からいくらでも下へ降りてくることができる。つまり、モンスターの階層間移動ができないという制限が解除されてしまう。


 という……とんでもない状態となる。


「お兄ちゃん、ミリアといっしょに迎えに来てねー。220階層で待ってるから」


「ミリア? ミリアって誰だ? え? このサキュバス? こいつのこと言ってんのか?」


「じゃあ、キメラを倒さないといけないから。忙しいから、切るねー」


「おい! 春菜! 切るな! ミリアってこいつか? すでに何人もの男たちが魅了されててゾンビのように守ってやがる。女性ハンターだけで包囲網を組むしかないか……。サキュバスといっしょに迎えにって、馬鹿なこと言ってんじゃ……。あいつ、ハンターのデバイスを奪って実況してやがる……。コンビニの客からアイスを奪って食べ始めやがった……。オレンジジュースで顔を洗ってやがる……。木の枝の上に座ってデバイスに笑顔で手を振って……ライブ配信してんのか? なんて、呑気な……」


 切断ボタンを押して通話を切る。

 私は目の前のキメラに顔を向ける。


「さて、キメラさん。ちゃっちゃと倒させてもらいます」


「そう簡単に行くわけなかろう。この218階層のモンスターの合成体なのだ」


「春菜さん、こいつは何者なんでしょう? 〝A〟とはいったい……」


「わかりません。とにかくこいつは本体でもなんでもありません。さっさと倒して219階層へ行きましょう」


「そうですね……」


 もりもりさんからも余裕が伝わってくる。勝てない相手だとは思っていないようだ。


 相手に気がつかれてしまう前に速攻だ。一気にかたをつける。


空間収縮ユニバース・リジェクト!」


 神王スキルを使い、キメラの背後へ瞬間移動する。

 警戒すべきは両腕の鎌だ。相手の背後に回り込み、剣で切りつけた。


「ちょこざいな!」


 いかにもやられ役といったセリフで反撃してくるが、こちらは2人がかりで攻撃していく。

 もりもりさんも魔法で加勢し、それにキメラは対応しようとしているが追いついていない。


 私は耳にはめたワイヤレスイヤホンを通して、もりもりさんと小声で通話をする。


『本来であれば、もっと機動性が高かったのでしょう。知能の低いモンスターは本能で攻撃してくるぶん、こちらの対応ができないほどの機動性があります。ですが、高い知性で操っているので本来の能力が発揮できていません』


『ええ、どこでどうやって操っているのかはわかりませんが、コントロールを放棄してしまって、元のモンスターに戻られてしまう方が厄介です』


『もりもりさん。そうなる前に一気に決めます』


『わかりました。春菜さん』


 キメラを倒すことで〝A〟の正体はつかめなくなる。けれど、私たちにとっては倒しやすい状態で始末しておくことのほうが優先度が高かった。


 〝A〟がモンスターのコントロールを手放す前に、怒涛の攻撃を繰り返し、キメラにとどめを刺す。




   ◆ ◆ ◆




「お前たち……覚えていろ……」


 月並みなセリフを残し、〝A〟の気配は消えた。

 蟻とカマキリの合成モンスター、キメラの死体が横たわる。


 経験値の獲得と、アイテムのドロップ。


 EXアイテム、『サタンの大鎌』を獲得した。

 柄が身長以上に長く、巨大な半月状の鎌だ。


「もりもりさん! 待望の武器です!」


「私、これ、使うんですか……?」


 もりもりさんは、複雑な顔で大鎌を手に取る。


「なんか、地獄の番人、って感じなんですけれど……」


 狭い洞窟内では少し扱いが難しそうだが、私たちの戦闘力は確実に上がる。


「私は防具が良かったんですけれど……」


「そういえば、防具のドロップが出ませんねえ」


「冬夜さんが来るまでにはなんとか防具がほしいです。いつまでも春菜さんの制服姿ですと……」


 もりもりさんは着ている制服をうらめしそうにつまみあげる。

 お兄ちゃんにその姿を見られることが、何か問題でもあるのだろうか?

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