第60話 モンスターだったよ

 走りながら、急いで動画を見ていく。


■A:筑紫春菜を殺すか?


「……殺さない……」

 ミリアは俯きながら応える。


■A:じゃあ、きっとお前が殺されるな。お前はモンスターなのだから

■A:死ぬ前に少しは役に立ったらどうだ?


「役に?」


■A:そうだ。俺の言う通りにするんだ。

■A:お前の持っているアイテムをこのデバイスに格納しろ

■A:早くやるんだ


「どうやるの?」

 ミリアは〝A〟の指示に従ってデバイスを操作する。

 ミリアが持っていたアイテムがダンジョンデバイスに格納された。


■A:ふふ。ふはは。なかなか面白いな、このアイテムは。

■A:帰還石にモンスター合成?。レアアイテムがごろごろと。さすがはサキュバス・クイーンだ

■A:あとはそうだな。お前の能力をデバイスに開示しろ。

■A:そうだ、そのまま少し待て。

■A:地上に送られたエンシェント・ヴァンパイアの死体。あれと同じように解析すればいい


 無言のまま少しの時間が流れた。


■A:完全魅了はさすがにコピーできなかったようだ。だが、対象をコントロールする能力。これは使えるな。知能の低いモンスター程度なら操れる


 ミリアの近くに現れた2体のモンスター。

 蟻をベースにしたモンスターとカマキリをベースにしたモンスター。


 2体が合成され、キメラが生まれる。


 ……

 ……

 ……


  ◆ ◆ ◆


 嫌な不安に襲われる。


 動画の終わりを待つことはできなかった。私は走りながら、ダンジョンシミュレーターを起動した。

 これから起こる未来が、まるで現実であるかのように目の前に現れる。


 まだミリアのいる場所にはたどり着いていない。

 私はもりもりさんのデバイスで確認する。


 マッピングアプリには青と紫の点があった。

 青はミリアを示している。


 紫のドットの詳細情報を見る。


 この距離でわかる情報は、


――――――――――――――――

キメラ:カマキリと蟻の合成モンスター

――――――――――――――――

 これだけだ。


 私は配信画面の続きを見ていた。

 ミリアのいる場所までは、ほんの数秒の距離。あとちょっと走ればミリアまでたどり着くことができる。


 配信画面に映るのは鋭い鎌を持ったモンスター。巨大な蟻が二足歩行で立っていた。

 両腕は鎌の状態になっていて、カマキリと蟻の合成であることがわかる。


 鎌を振り回し、ミリアに襲いかかる。


 ミリアは懸命に逃げるがキメラの鎌が目の前に迫った。


 嫌な音。

 ミリアの叫び声。悲痛。

 ごとり、となにかが落ちる音。


 映像に映るのは切断され、地面に落ちるミリアの右腕。肘から先。

 切断面からは大量の血が流れる。直後、デバイスは地面に落ちて画面は真っ暗になる。


 画面には何も映らないが、激しい戦闘が繰り広げられているのがわかる。しかし、ミリアには反撃の手段がない。一方的な蹂躙だったはずだ。


 流れる大量の血が、地面を伝ってデバイスの画面に映りこむ。


『ハルナお姉様、もりもりお姉様』


 真っ暗な画面にミリアの声だけが聞こえる。

 まるで最後に残す遺言のようだった。


『ごめんね。ミリアも配信してみたかったの』


『ミリアは、このデバイスがほしいと思っちゃった』


『ハルナお姉様を殺してもほしいと思っちゃったの』


『だから、ミリアは』


『やっぱり、モンスターみたい』


『ハルナお姉様からデバイスを奪おうと』


『ちょっとだけ、思ったの』


『デバイスがほしいと思ったミリアは……』


『モンスターだった』


『役に立てなくて』


『ごめん……ね』


『ミリアは』


『モンスターだったよ……』


『パーティの仲間にはなれなかった』


 私は懸命に走る。

 ぼろぼろと涙を流しながら、叫び声を上げる。


「ミリアーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 私の声は洞窟の先まで反響していった。


 間に合うか? 間に合うのか?


 無我夢中だった。走りながら、私は自分で何をしているのかもわからなかった。

 スキルを起動していた私は、もりもりさんの声で現実へと引き戻される。


「春菜さん!」


 気がついたらダンジョンシミュレーターは終わっていた。

 未来の記憶は残らないが、記憶の残滓だけが心の奥に残る。


 大丈夫。

 私が見た映像は、まだ起こっていない未来だ。


 未来を変えるために、私は走っているのだ。

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