第48話 お兄ちゃんに怒られる
もりもりさんは、きれいな透き通った目で私を見つめる。
「私たちは220階層のボスを倒すことができる可能性を秘めています。帰還石を使わなかった選択、これを正しいものにしましょう」
「はい!」
何が正しいかではない。私たちの行動でそれを正しいものにしようと、もりもりさんは言っているのだ。
「それで、春菜さんに残念なお知らせがあります」
「はい?」
私が軽く首を傾げたと同時、もりもりさんは右手をグーの形にして振り上げ、私の頭頂部に落としてきた。
ゴン、と鈍い音ともに衝撃が伝わる。
神王の兜。黄金の兜の上からもりもりさんは私のことをグーで殴ったのだ。
「いたた。えー」
両手で頭を押さえた。涙目になりながら、もりもりさんの顔を見上げる。
「あなたのお兄さんからの連絡は私のところに
ちょっと待って。お兄ちゃんに怒られたことなんてないのに。もちろんグーで殴られたこともない。
なんで、初めて怒られるのがもりもりさん経由なのさ。
「帰還石のことはいいんだ……。そこは怒っていないんだ……?」
「まあ、逆に私が怒られました。帰還石を使おうとせず、ぎりぎりまで抗うべきだったと」
そして、もりもりさんはお兄ちゃんからのメールを私に見せてくれた。
覚醒レベルのことはお兄ちゃんにも伝わっていた。
そして帰還石を使ってしまうと、現在この世界に2人しかいない覚醒者をロストしてしまうことになる。その選択は最後の最後まで引き伸ばすべきだった、とのことだ。
「
もりもりさんはなんだかうっとりとした表情をしていて、恋する乙女と言った顔だ。
でもね、もりもりさん。
お兄ちゃん、そんなに深く考えていないよ。
人類のためとか、そんなんじゃなくて、「覚醒者カッケー」とか思ってると思う。
第一さ、このメールの「一発グーで殴っとけ」も本気で殴るんだったら、ちゃんと兜を取ったところを殴れって言うよ。
つまり、本気で殴るつもりなんてない。
まだまだ、お兄ちゃんのことをわかっていないね。
まあ、私は妹なんだから、お兄ちゃんのことをわかっていて当然だし、他人のもりもりさんがわかるほうが難しいと思う。
そしてお兄ちゃんは理解している。私はまだ本当に命の危機に瀕しているのではないということを。
メールの文面も楽観的な印象だ。
確かに地上に戻るのは困難だ。けれど私が死にかけたのって食糧問題。空腹こそが私の危機だった。
お兄ちゃんは神王装備のすごさを知っている。だからこそ、無謀な行動さえ取らなければ救助を待てると、そんな感じに考えているはずだ。
問題はもりもりさんなんだよ。
彼女は私の制服姿だ。
私のような強力な装備を持っていない。装備はここへ来るまでに壊れてしまった。
そして、ちょっとだけこのメールで気に入らないこと。
お兄ちゃんが心配しているのは、もりもりさんなんだよね……。
妹の心配より、もりもりさんへの心配のほうが比重が大きい。まあ、そこはいい。装備を失っているのだから。
でも、だめでしょ。結婚したい人がいるのに、他の女性のことを心配していたら。
問題はそこなんだよ。
ちょっと待って。婚約者がいるのに、もりもりさんのことも気になっているのでは?
お兄ちゃんともりもりさん。この二人はもうちょっと距離を開けたほうがいいと思う。二人が仲良くなってしまわないように、私は振る舞わなければいけないのかも知れない。
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