第37話 聞きたくない噂

「では、この階層の探索をしましょう。もりもりさんにはデバイスを持ってもらうので、私が前を行きます」


 そう言って泥に入ろうとしたところ、もりもりさんが魔法をかけてくれた。


「私は土属性の魔法が得意なんです。少しでも歩きやすいように、泥の粘土を下げますね」


 もりもりさんは右手を泥の海にかざし、魔法を詠唱する。


抵抗減少リデュース・レジスタンス


 私は泥の中へ足を踏み入れる。

 もりもりさんの魔法によって、だいぶ歩きやすくなっていた。


「すごく歩きやすいです!」


「よかった。私はこのくらいしかできませんが」


 謙遜しながらもりもりさんは言うが、間違いなくマッド・エイプを倒したのは彼女なのだ。


 私の神王の長剣で与えられないダメージをもりもりさんの魔法はたやすく与えていた。


 歩きだすと、ぽんたさんたちからのコメントが入った。


■ぽんた:注意して行けよおー

■アクゾー:お嬢ちゃん、無謀なとこあるからなあ

■ぽんた:まあ、今は一人じゃないしな


「大丈夫です。最初から無謀じゃありません。たまたま、ちょっと運が悪かっただけです」


 私は少しむすっとしながら応え、ライブ配信を続ける。


 私ともりもりさんは泥の海を歩いていく。もりもりさんは後ろから私を撮影しながらついてきてくれる。


 配信画面には私の背中が見えているはずだ。


「では、もりもりさんの撮影で、注意しながら進んでいきます。マッド・スライムもマッド・エイプも倒しましたので、近くにはモンスターはいないようです。神王の長剣も兜も取り返しましたので、何が来ても大丈夫でしょう。でも、もりもりさんは制服姿なので、私が守らなくてはなりません」


■ぽんた:本当なら、もりもりさんとやらが神王装備を使うべきなんやけど

■アクゾー:わいは、もりもりさんを見たかったなあ

■ぽんた:ほんまやなあ、声で姿を想像するしかないなあ

■アクゾー:声の様子から、きれいなお姉さんといった感じか?

■ぽんた:年上はおいらの好みや

■アクゾー:わいは20歳からやね。お子様は好かん。謎の美女、ミランダ・モリスとかそそるわな。

■ぽんた:そういえば筑紫冬夜って上位ランカーの誰かとできてるって噂があったよな


 私はぴくり、と反応する。


「なんですか……。それ……」


■ぽんた:知らんの? 一部では有名な話やで


「知りません! 知りたくもありません!! 聞きたくもありません!!」


■ああ、俺も聞いたことがある

■日本ランキング2位の西條美沙とか?

■34位の天橋立あまのはしだてユカリスとか? 変なやつで有名だけど。

■日本人とは限らないんじゃねえ?

■ワールドランク8位のラフィ?

■あるいはワールドランク1位のミランダ・モリスなんてのは?

■ミランダな。けっこう綺麗らしいぜ

■アメリカ人でモデル並みのスタイルだとか

■配信とかやっていないの?

■それが、意外とドジなところがあって、配信切り忘れたりとか

■12時間ぶっつづけ配信、とか言って電源が入っていなかったり

■視聴数も伸びなくてやめたのが初期の頃だったから、見た人は少ないはず

■過去の動画ももう削除されてるし

■今は配信やっていないねえ

■けっこう謎の人物なんだよ。ミランダ

■まあ、でも美人なんだろ?

■噂ではね

■筑紫冬夜もイケメンらしいから、いいカップルかもな

■お似合いってやつ?


「似合いません! お兄ちゃんとの結婚も認めません! 誰ですかそれ! わけもわからない女なんて、お兄ちゃんにふさわしくありません!」


 私は大きな声を出してしまい、もりもりさんから注意される。


「春菜さん……。モンスターが寄って来るとまずいですから……」


「すいません。つい……。お兄ちゃんのことになると、黙っていられなくて」


 もりもりさんは言い出しづらそうに切り出した。


「あの、もしも。もしもですよ。春菜さんは、お兄さんのお相手がハンターだとしますと、嫌なのでしょうか?」


 私は間髪入れず即答する。


「嫌に決まっています! どこの馬の骨かもわからない女なんですよ! ワールドランクだか日本ランキングだか知りませんが、みんな野蛮な暴力女に決まっています! そんな女はお兄ちゃんには似合いません! お兄ちゃんにはおしとやかな女性でなければなりません!」


「そう……ですよね……」


「はい! 当たり前です! 似合わないです! 許すわけがありません!」


 私の勢いに押されたのか、もりもりさんはしゅんとしてしまった。


 しばらく無言のまま二人は泥の中を歩く。


 コメント欄もお兄ちゃんの話題からは逸れていた。







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