第35話 お猿さんを閉じ込める

 マッド・エイプはすぐ目の前にいる。

 階段の入口は石で囲まれ、螺旋状になって上へと伸びていた。


 マッド・エイプは被っている兜をくるっと回転させた。猿の顔は完全に覆われ、それではこちらを見ることはできないだろう。


 楽しそうに両手を振り上げて踊るような仕草をしている。『お前なんか見えなくても怖くないんだぞ、雑魚が』とでも言っているかのようだ。


■完全に遊ばれてるな

■もう兜も剣も、取り返すのは絶望的か?

■まだ取られやすいものがあるから気をつけろよ。神王のネックレスとか。

■とりあえず、現状をなんとかしないと

■なにか、方法はないものか……

■そうだ! 空間収縮ユニバース・リジェクトでやつの後ろへ瞬間移動したら?


 神王スキルである空間収縮ユニバース・リジェクトを使えば、短い距離を瞬間移動することができる。ただし、発動には条件があった。


「すでに試みたのですが……。移動先になにかがあると無理なんです。マッド・エイプの背中には神王の長剣が刺さっていて、それが発動を阻害しているようなんです」


■あのお猿さん、そこまで考えているのかね?

■たまたまだろ? ハルナっちのスキルまでは知らないはず

■いずれにせよ、逃げ道はない

■戦うのか? それしかないのか?


 今の私は完全に泥だらけだった。配信画面には全身が泥で汚れた私の姿が映っている。カメラのレンズの泥は拭ったけれども、完全に落としきれてはいない。視聴者には不鮮明な映像が送られていた。


「お兄ちゃんの剣に続いて、兜まで……。なんとか取り返す方法はないものでしょうか……」


 私は唇を噛みながら悔しい思いをこらえる。


 ダンジョンデバイスをマッド・エイプにむけてHPを確認するが100%のままだ。剣が背中に刺さっていてもダメージにすらなっていない。


 正確には0・001%くらいのダメージは与えているようなのだが、致命傷からはほど遠い。


 マッド・エイプはあいかわらず挑発を繰り返す。兜を前後反対に被ったままでいるが、私が逃げようとしたら飛びかかってくるだろう。視界が塞がれていても、どうということはないのだ。たぶんまた、私を泥に突き落としたりするに違いない。


「憎たらしいです……」


 なんとかこの猿をぎゃふんと言わせる方法はないものか……。あわよくば、倒せないだろうか……。


 懸命に思考を巡らすが、何もいい案が浮かんでこない。


 だがその時、私に天啓のようなひらめきが降りてきた。


 この方法ならどうだろうか。

 もしかしたら、可能性があるかもしれない。


 今のこの状況を利用する。

 階段は閉鎖環境だ。

 そこへ入ったマッド・エイプは愚かとしか言いようがない。


「私のことを舐めすぎです!!」


 私は叫び、背中に背負っていた盾を下ろした。


「神王スキル。絶壁の大盾ウォール・シールド!」


 叫んだと同時、盾が私の身長を超える大きさに拡張される。そのまま階段の入口に押し付けた。


「閉じ込めてやりました!」


 ダンジョンデバイスのカメラは泥で汚れ、画面も半分ほどしか見えない。どうせ見えにくいし、なにより視聴者からのコメントを見ている余裕はなかった。


「このまま押しつぶしてくれます!」


 私はぐいぐいと盾を押す。


「キキ! キキィ!」


 当然マッド・エイプも抵抗をしてくる。強い力で押し返してきた。


「神王装備を舐めるなよお! 腕力上昇ブースト・パワー! 大鬼の小手オークズアーム! 脚力上昇ブースト・レッグパワー! 巨人の脚力オーガズレッグ!」


 装備とスキルの力でひたすらゴリ押しする。じわりじわりと押していき、階段を一歩一歩と登っていく。


「どうだ! これがお兄ちゃんの装備のパワーだ!!」


 この上は216階層。

 モンスターの階層間移動は不可能だ。


 そこに逃げ道などないのだ。


「キ、キ、キ! キキィ!」


「このまま押しつぶしてくれます!!」


 マッド・エイプからの抵抗もすごかったが、装備を取られたという私の恨みのほうが勝っていた。私は一歩、もう一歩と階段を登り、216階層の直前まで追い詰めた。


「キイキイキイ?」


 ここにきて、マッド・エイプは軽口のような声を出す。

 

 このまま押しつぶそうかと思ったが、そんなには甘くなかった。

 力比べでは勝っていたものの、マッド・エイプにダメージを与えるほどではなかった。


 デバイスでダメージを確認する。マッド・エイプのHPは100%のままで変わらない。まったく、ダメージらしいダメージを与えることができていなかった。


 盾の向こう側にいるマッド・エイプに対し、私が攻撃する手段は持ち得ない。ただ押しつぶすしか手段がないかと思ったが、別の神王スキルを発動する。


「なら、これではどうですか!!」


 極大重力エクストリーム・グラヴィティ!!


 このスキルは私を中心とした重力を増大させる。効果範囲を狭めるほどに、かかる重力は大きくなる。


 ぎりぎりマッド・エイプに効果範囲が及ぶように調整し、最大限の力を発揮する。


 ずしん、と重い力がのしかかる。

 私の体重4?Kg(自称)は約100倍の4千Kgとなる。約4トンだ。


「こ……れ……で……どうだ……!」


 神王の鎧を着ているおかげでなんとか耐えられる。はたして、マッド・エイプは……

 ダンジョンデバイスで確認をする。


「だ……だめ……か……。変わらず100%のまま……」


 さすがのマッド・エイプも苦しそうに呻いてはいるものの、ダメージを与えることはできなかった。


「くっ……。もう、攻撃手段がないよ……」


 私は手持ちのカードを全部切っていた。


 天啓が降りたと思っていたけれど、結局できたのはここまでだった。


 神王スキルには効果時間がある。盾を押すパワーも弱まり、やがて力尽きるしか無い。


 一方でマッド・エイプは盾に押され、重力で押しつぶされながらも、まだ余裕があるようだった。


 代わりに私にはどっと疲労感が襲ってくる。


 神王スキルを使っているだけでも、どんどんと力が奪われていくような感覚だった。

 いつまでもこの状態でいたら、こっちが疲れ果ててしまうだろう。


 有効な攻撃手段もなく、それでも懸命に盾を押すしかなかった。


「やっぱり、私では……た、倒せない……の……かな……?」

 

 だめかな……。


 諦めかけていた。


 限界も間近だった。

 もうすぐスキルが解除されてしまいそうだった。


 ふと、なにかの光明がさしたような感覚があった。

 すべてを覆す、運命の反転現象。

 

 ――覚醒LV2


 運命が新しい方向へと進む、世界が変わる流れ。


 なんだろう、これは。

 覚醒の連鎖? 共鳴反応? 新しい覚醒者? どこでそんな存在が生まれた? いつ? どこで?


 なにげなく、ダンジョンデバイスに目を向けた。


■もりもり:お……またせ……しまし……た


 泥で汚れていてよく見えない。

 それはもりもりさんからのコメントだった。


 画面を擦って泥を落とした。コメントが見えるようになった。


■もりもり:春菜さん。おまたせしました! そのままの状態を維持してください!

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