第20話 ダンジョンデバイスを奪われた
あまりの怖さに、足が止まってしまった。
だ、駄目だ。
目を合わせちゃ、駄目だ。
そう思うほどに、視線を外せなくなってしまう。
自撮り棒の先に装着していたダンジョンデバイスを鎧に向ける。
解析アプリを起動。
――――――――――――――――
リビングデッド・アーマー(仮称)
死霊系
未発見個体・詳細解析前
推定LV ???
推定能力・不明
ドロップアイテム・不明
討伐履歴・なし
――――――――――――――――
やはりモンスターだった。さまよえる死体、リビングデッド。
HPの項目を見てみます。
その数値は……0%……
し、死んでるじゃないですか……
どうやってこれを倒すんですか……
その時、突然に兜の口のあたりがガバっと開いた。巨大なアーモンドのような空洞が現れ、中にはぬらぬらとした黒い粘体がうごめいている。兜の口は開いたり閉じたりする。
リビングデッドは、カチカチと音を立てて口部を開け閉めしている。
カチカチ……カチカチ……と不気味な音が廊下に響く。
私はデバイスのカメラをリビングデッドに向けた。
「み、みなさん……見えますでしょうか……。こ、こちら……リ、リビングデッドさん……だそうです……すでに死んでおられます……」
鎧を着たリビングデッドは、ケタケタケタ、と笑うように音を立てた。どこから笑い声を出しているのだろうか? 廊下に反響して音の出所がわからない。
ダンジョンマップを見ると、そこには一直線の通路しかない。通路の片側に沿って青い点が並んでいる。
マッピングアプリは優秀だ。相手の強さがわかる。
自分より弱いモンスターは青い点で表示される。点の数はたくさんあって、数え切れない。数は多い。とんでもなく、多い。
けれど、つまり、これは、すなわち、ようするに……
……
……
……楽勝?
いけるんじゃない?
だって青い点だよ?
こいつらは恐れるほどではないってこと?
ほら、青だもんね。
間違いなく青だよ。どう見ても青だ。
楽勝じゃないですか。
「こ、こんにちは……」
余裕が出てきた私はリビングデッドに向けて挨拶する。
笑顔を向けながら手を振ってみる。
鎧はケタケタケタ、と笑い続けている。襲ってくる様子もないし、こちらの声に反応しているのかしていないのか、よくわからない。
「ふふふ」
私は微笑み、無視して先へ進もうとした。
そう思ったときだった。
ダンジョンデバイスに変化があった。
マップに表示されていた青い点が、下からぞろぞろぞろっと黄色、赤、紫へと変化した。すべての点があっというまに紫になってしまった。
紫は強敵であるという証。
私では絶対に倒せないくらいに強いモンスター。
ちょ、ちょっと待って。
こういうのありなの? 油断させておいて。
気がつくと、私は鎧に取り囲まれていた。
最初に話しかけた鎧が正面に1体。
そのほかの鎧たちが私のことを同心円状に包囲していた。
すでにたくさんの鎧に囲まれている。円は何重にもなっており、少しずつ、少しずつその距離を詰めてくる。
油断をさせておいて、音もなく、静かに床を滑るようにして私を囲んでいたのだ。私は逃げ道を奪われていた。
円に加わっていない鎧は一体。
そいつは目の前にいる、最初に私が話しかけた鎧だ。
まるでニヤリと笑うかのように口を大きく開け、私の顔のすぐ前まで兜を近づけてくる。
私が弱いことがわかっているかのように、リビングデッドには余裕がある。からかわれているのだ。
た……倒せるのか?
紫の敵はフレイムドラゴン・ロードと同じ。
それが今回はとんでもない数がいる。
50? 100? 正確に数える暇はない。見えているだけでこの数で、廊下のずっと向こうまで続いている。無限にいるようにも感じてしまう。
それに、HPが0%という表示……。
…………!?
デバイス解析の結果が変わっていた。
リビングデッドの残存HPは……。
―― i
「い、いち!?」
■ぽんた:アイ、かねえ?
■アクゾー:数学のiってことか?
■ぽんた:虚数ってやつかもねえ
「え? こ? きょ? こすう?」
おどおどしながら、私は応える。
■アクゾー:漢字よめん?
■ぽんた:お子様はまだ習ってへんか
■アクゾー:キョスウな、キョスウ
「きょ、きょすー」
発音が難しい。下を噛みそうだ。
「ど、ど、どうやって倒したらいいんでしょうか?」
私は助けを求める。
■ぽんた:虚数は現実に存在する値やないからのお
■アクゾー:倒すのは無理かもねー
■ぽんた:お嬢ちゃん、強かったけど、ここで終わりかなあ
■アクゾー:ライブ配信おつ 楽しかったで
「ま、まだ配信は終わりません!」
食いつくようにダンジョンデバイスにしがみつくと、耳元で声が聞こえた。
『は、はいしん……』
もちろん私の声ではない。この場にいるのは鎧だけ。
「リビングデッドが喋った!?」
私の顔の脇に兜がある。リビングデッドはまるでダンジョンデバイスの画面を覗き込むかのように顔を近づけてきていた。
そして、次の瞬間。もうれつな速さで、私からデバイスを奪い取る。
「あ!」
叫んだ私に、リビングデッドは自撮り棒を手にし、カメラをこちらに向けてきた。
『ライブ……は、はいしん……は……はいしん……』
リビングデッドは繰り返す。
「か、返してください!」
私は手を伸ばしながら叫ぶが、リビングデッドはデバイスを操作する。
『デ……バイ……ス解析……』
そして画面に表示された内容を読み上げる。
――レベル に?
――ひゅーまん?
――つくしはるな?
首を傾げながら、リビングデッドは文字を読んでいた。
なんだ? リビングデッドは、こんなに知的能力が高いのか?
「返しなさい! こらっ」
私は懸命に手を伸ばすが、リビングデッドはひらりひらりと躱してしまう。
そして私から奪ったダンジョンデバイスを操作して、私のステータスを読み上げていく。
体力、知力、腕力、敏捷力などの数値。私の能力は丸裸だ。まあ、もともとこれらは全視聴者に公開されている情報なのだ。みんなが知っている。
しかし、奴は言ってはいけないことを口にした。
とんでもない情報を口にしたのだ。
――つくしはるなの、
――すりーさいず?
――バスト 7x
――ウェスト xx
――ヒップ xx
「嘘吐くなあああああ!!」
私はグーでリビングデッドを思いっきり殴った。
重厚な鎧はドガシャーンと大きな音を立てて、ドミノ倒しのように数体を巻き込んで倒れた。
「どうだ! 神王スキルの威力は!」
あ、まだスキルを使っていなかった。
思いっきり腕力だけで押し切ってしまった。
神王の小手を装備しているので、素の力でもそこそこの能力があるのだ。
「思い知ったか、このセクハラやろう!!」
私は叫ぶが、リビングデッドはダメージを受けた気配がない。
ケケケと笑いながら起き上がる。
『ライブはいしん……ちゅう……』
なおも、ダンジョンデバイスをこちらに向けてくる。
「だから! デバイスを返しなさい!」
他のリビングデッドたちがいっせいにしゃべりだした。
『スパチャ……ください……』
『……チャンネル……登録……』
『応援……よろ……』
『24時間……配信……中……』
大勢のリビングデッドは後ろ向きに滑るようにして、壁に下がっていく。デバイスを私に向けたリビングデッドも同様だ。
『はいしん……はいしん……ちゅう』
カメラをこちらに向けて呟きながら、壁の中へと吸い込まれるように消えていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
一体、また一体と壁に飲み込まれる。私のダンジョンデバイスを持ったリビングデッドも同じように飲み込まれた。
すべてのリビングデッドが壁の中へと消えてしまった。
長い廊下には私だけが残される。
「え、ちょ、待って……」
リビングデッドにダンジョンデバイスを奪われてしまった。
私は急に不安に襲われた。
「え、待って……? 私のダンジョンデバイスは…………?」
ダンジョンデバイスが持っていかれてしまった。
デバイスが手元にないことが、こんなにも不安だなんて。
どうしよう。どうやって取り返せばいいんだ?
デバイスがないからアイテムも使えない。
マップ情報も使えない。
視聴者とも連絡が取れない。情報を教えてもらうこともできない。
今までデバイスに頼り切っていたことを思い知らされる。
……。
…………。
あと、バストは7xじゃありません。
違いますからね!
違いますよお!
「みなさん、違いますからねええええぇぇえぇぇぇ!!!!」
私の叫びが、廊下のずっと先まで
……。
…………。
セクハラやろうめぇ……
……。
…………。
偽装です。
なにかきっと違法操作をしたのでしょう。
「そう、あれは、きっと偽装ですね。出力結果を書き換えたに違いありません!」
かなりの強敵です。
リビングデッド……
言葉を操り、私をからかうほどの知能を持つモンスター……
デバイス解析の結果を偽装するほどの能力がある相手だ。
私は倒すことができるのだろうか……?
いや、絶対に倒してやる。セクハラ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます