味わう

飯鹿一「いいじかはじめ」

 こおりのようだった空に日差しが染み込み、空の印象が暖かくなった。さくらがふくらみ梅は蕊、ようやく春も中頃に達した頃はとびっきりいい野菜の季節だろう。軽くなった服の裾をぱたぱたと春一番に流し、八百屋の文字を見て急ぎ足になる。

 店主が今日一番を自慢する菜の花や、隣で残雪になったかぶらの束、ほうれん草も碧々として、アスパラもしゃっきり薄緑。まるで草原だ。商売になるほどのものが選り分けられているから、土のにおいがする畑とはわけが違った。きらきらした果物は未だ少し、早いらしく、早生のいちごと柑橘系があるだけか。豆類もえんどうにそら豆、緑豆と揃っていた。

 何を買おうか。財布の中身よりも今日の皿の中身を想像する。緑豆の混ぜご飯でおむすびをして菜の花のおひたしもいいし、やすくておおきな山芋でとろろにしてもいい。摘果と書かれたメロンの浅漬、かぶらも薄味で漬けてもいい。


 結局はだいこん、もやし、ごぼうにんじんじゃがいも。定番の春らしいおぼこいキャベツとたまねぎ。一番自慢の菜の花とそら豆、ごぼうを添えてエプロンをつける。特価の焼き肉薄切り二割引をじっくり常温にしつつ、冷蔵庫に残ったばらばらの野菜たちにどういうお迎えをするのか。楽しい時間だ。献立もてんぷら、ぐらいの雑さでろくに考えずに先ずごぼうをささがき、酢水へ。じゃがいもを細切りにして水にさらす。野菜がならぶと、まな板の上がハイキングになる。

 菜の花をさらりと湯通し、だしとごまで和えて絞る。新鮮な緑は湯通しすると手のひらに藻のような恍惚の触感を届けてくれる。ついでに煮たもやしと、だいこんの薄切りを酢の物へ。煮た後のそら豆を指でつるんとむき、ささがきとにんじんを合わせて衣をつける。


 だいこんの菜飯は塩昆布が一番おいしい。箸先にごまがかちかち当たるのが、歯にも楽しく思える。昆布が手綱のような触感でじんわりと旨味と塩味を放出し、米粒がもっちりと甘い。てんぷらに目が行く。薄きつね色の衣からふんわりと油と小麦の香りが鼻を誘惑する。豪快に挟んで口元へ。

 自画自賛の味って、不味くても日記帳に書いてみると、ぼんやりと幸福の感覚が味わえる。新品の油らしい、さっぱりとした舌触りと香り。衣を噛み締め、豆のふくらみと菜の花の緑に微笑んだ。

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