第16話 交渉準備

 ギュスターブたちが領地を巡回して地震による被害を調べた結果、怪我人はでたものの、死者がでなかったの不幸中の幸いだ。

 しかし思わぬ被害が出たことが判明する。


「うまくいかないものだな。道が寸断されるなんて」


 地震が起こって二日後のこと。

 フリーデ、ルード、ギュスターブは執務室で顔を合わせていた。

 道、というのは、街へ行くために以前、通ったあのルートのこと。

 ただでさえあの悪路だ。復旧というのも容易ではないのは明らかだ。

 北部と南部をつなぐ道はもう一本あるが、そちらは今回の地震による被害は軽微で速やかに復旧が果たせた。しかし普段使っているルートと比べると、やはり遠回りになってしまう。


「寸断された道の復旧は可能ですか」

「場所が場所だけにな。むしろ復旧作業のほうが危険だ。あのまま放置するしかないだろう」

「仕方ありませんね」

「フリーデ、怪我の具合は?」

「シオンさんの塗り薬が効いているので、ご心配なく」


 ルードが口を開く。


「心配なのは、商人たちです。最短ルートが使えなくなったことで、余計に日数がかかる分、輸送に余計な費用がかかることを理由に、こちらに値下げを要求してくることが考えられます。正直、氷事業に関しては私どもの専売特許でございますから、安易な値下げに応じる必要がないとはいえ、商人たちといざこざを抱えるのは得策ではないかと」

「それについてですが、私に考えがあります。この際、新しいルートを拓く、というのはどうですか?」

「ルート?」

「はい。これまで使ってきたルートですが、たしかに距離としては最短です。しかしあの悪路は大量輸送に向きませんでした」


 フリーデは机に広げられた地図を指さす。

 そこにはまだ道が開通していない。


「私が提案したいのは、このルートです。ここならば、悪路ルートよりも安全に、それも大きな荷馬車も通れる道を造ることができます。そのためには沼地を埋め立てる大工事が必要になりますが」

「……民を動員しての工事は、評判が悪いのです。本業ができなくなり、家計が苦しくなると」


 ルードが眉をひそめる。

 ギュスターブも賛同する。


「他に必要な大規模工事を行った際も、不満に思った一部の領民が暴徒になって、これを鎮めるのに手間がかかった」

「それはタダでやらせるからでは?」

「お前もそうするつもりではなかったのか?」

「ちゃんと適正な賃金を払えばいいだけではありませんか」

「だが、領地の整備だぞ」

「むしろ領地の整備だからと言って、タダで働かせるほうがおかしいのでは? 領民をこき使うなんて」

「奥様、素晴らしい案かと思いますが、これだけのルートです。工事もそれなりの時間と費用がかかります。北部の地が潤いはじめてきたとはいえ、他の事業などの運転資金のこともございますし、長期的な計画で収支が合う事業などももございますので……ここに多額の資金を使ってしまって良いものか……」


 もちろんその点も抜かりはない。


「資金は、商人たちに出してもらえればいいんです。なにせ、このルートが繋がれば商人たちにも大きな利点になるでしょう。資金を出した商人に交易に関して税制の優遇をすると持ちかければいいんです。いかがですか?」


 話を振られたギュスターブがふっ、と笑う。


「? 私、なにか変なことを言いました?」

「いや。自分の体のことよりもそっちに気が回るとは、まるでお前のほうこそ商人のようだと思ってな」

「それはそうです。領地経営を担っている立場ですから。私たちは貴族ではなく、商人に徹するべきなんです」

「頼もしいよ」


 にこりと微笑まれながら褒められ、妙に照れてしまう。

 フリーデはコホン、と咳払いをする。


「頼もしいと感じて頂けて何よりです。それで、どうですか?」

「分かった。ルード、商人たちとの折衝を頼めるか」

「かしこまりました」


 ルードも納得してくれたようで、すぐに取りかかってくれるようだ。


 ――やっぱりルードは頼もしい。


 しかしそんな頼もしいルードも、さすがは百戦錬磨な商人たちを相手にするとなると、一筋縄ではいかないようだった。

 利に聡い商人なだけはある。

 彼らにも十分利点があるにもかかわらず、さらに好条件を引き出そうと渋り、結論の先延ばしを画策してきた。ルードではいい結論を引き出せないようだ。

 結果、フリーデが商人との交渉を行うことになった。


「奥様、申し訳ございません……! このルード、交渉を任せて頂いたというのに、不甲斐ないばかりでございます!」


 ルードは辛そうに顔をしかめ、深々と頭を下げる。


「顔をあげて。あなたがよくやってくれていることは、私も、ギュスターブ様も分かっているわ。相手が手強かっただけだから、そんなに自分を責めないで」


 ギュスターブは腹心のルードが一蹴されたことで、不満そうに腕を組んだ。


「商人どもめ。やはり甘い顔では駄目だな。俺が出る。騎士団で囲んで、圧力を加えれば、サインさせることは簡単だ」

「駄目です。そんなことをすれば、あとあと本当にこちらが困った時に融通をきかせてもらえなくなります。私が交渉をします」

「考えがあるのか?」

「ええ」

「俺も同席する」

「駄目です」


 ギュスターブは露骨に不満そうな顔をする。


「騎士団は動員しない」

「あなたの存在そのものが、商人たちからすれば威圧の材料なんです」

「威厳と言ってくれ」

「威厳でも威圧でもどっちでも構いませんが、それでは意味がないんです。彼らには渋々もなんでも自分たちで考えた結果、条件を呑んだという形でサインさせなければ」


 ギュスターブは大きく舌打ちをする。


「面倒な連中だ」

「でも彼らの助力が必要です。使い方次第です」

「……分かった」


 フリーデは執務室を出る。

 メイドに聞くと、すでに応接間に商人たちが集まっているということだった。


 ――こちらの条件を最初から飲んでくれると楽なんだけど、そうはいかないわよね。

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