一人、足りない

山科大喜

第1話

                 プロローグ


 2024年、春、北陸新幹線が敦賀まで開通した。


 1990年代、郡上耕平は北陸地方にあるK市で、商業コンサルタントとしてショッピングセンターを開発するプロジェクトに携わることになった。新人のコンサルタントの耕平には荷が重かったが、ショッピングセンターを企画、開発する仕事には夢があった。この場所に、新たな巨大ショッピングセンターを作ると思うと耕平の胸は期待で高まった。


 K駅に隣接する開発予定地は元々農業用地で一面、田んぼだった。昭和四十年代、ある量販店が開発しようとして頓挫した経緯はあるが、戦国時代に合戦が行われて多くの命が失われたような、曰くあり気な土地ではなかった。


 ところが、プロジェクトが進行していくに連れ、不可解で恐ろしい出来事が次々に起きる。そんな折、耕平はプロジェクト関係者から嫌な話を聞かされる。


「ショッピングセンターが完成するまで、三人の犠牲者が必要となる」


 多忙な耕平はそんな話は迷信に過ぎないと思っていた。

 仮にあったとしても自分とは無縁の出来事だと端から信じ切っていた。しかし、いつしかその矛先が耕平自身にも降りかかってくる。


 いったいなぜ、こんな恐ろしいことが次々起きてしまうか、起きるとすれば何が原因なのか、謎を最後まで解き明かすことができない耕平。


 五年後、様々な災難を経てショッピングセンターは無事、オープンの式典を迎える。しかし、その結末は耕平が予想すらしなかったことだった。




                  本編



スポット1(北陸地方にあるK駅前)


 1992年6月、蒸し暑い夜だった。


 郡上耕平は先日、タクシーの中で北陸地方が梅雨入りしたことをラジオで聞いた。北陸本線沿線のK駅に隣接する土地に、ショッピングセンター開発予定地があった。 

 

 K駅は年間数百万人の温泉客も訪れ、特急も停車するK市の主要駅だが、駅前は数件の土産物屋、飲食店以外は何もなく閑散としている。予定地は元々農地だった。遠くから、不気味なカエルの大合唱が聞こえてきた。


 開発予定地に立った耕平は、上司の田辺に声を掛けた。


「街づくり事業の一環としても何もこんな寂しい場所で、本気でショッピングセンターを作るつもりなんでしょうか?」

「それをやるのが俺たちコンサルタントの役割だろ」

 

 商業施設を建設する場所は都市計画で用途地域変更をしなければならない。しかし、市役所は案件をK市の新たな街づくり事業の一環と位置付け、次々に難問をクリアしていった。


 キーテナントは関西に本部がある大手量販店のE堂に決まった。検討委員会の後に行われた懇親会で、耕平はE堂開発部の藤谷部長と初めて名刺交換した。

 田辺と藤谷は以前、他のプロジェクトで一緒に仕事をしたことがあるらしく、耕平の知らない別の案件の話題で盛り上がっていた。


 プロジェクトはE堂のような大手量販店だけでなく、国、県、市、地元商業者、ゼネコン、内装業者、政治家なども関りを持つ地域の一大イベントだった。市の街づくりであるだけでなく、国家プロジェクトでもあるので、地元選出の代議士などの名前が出てくることもあった。プロジェクトの滑り出しは上々だった。


 ところが検討委員会から数日後、耕平にいきなり頭をハンマーで叩かれるような出来事が起きた。

 K市で、経済振興課のF課長補佐と打ち合わせしている時だった。


「そう言えば、E堂の藤谷さんが先日、お亡くなりになったそうですよ」

「えっ!」

 藤谷さんとは先日懇親会で合ったばかりだ。今回のプロジェクトでもヤル気満々だった藤谷さんが亡くなったなんて、耕平は信じられなかった。

 E堂開発部の担当者に死因を尋ねると、最初は口を濁していたが自殺だったと話した。自殺した理由もわからなかった。急遽、E堂の開発部長は別人を立てたが、耕平はこのプロジェクトには今後、不吉なことが起きそうな予感がした。



スポット2


「だからさ、それは必要なんだよ。橋でもトンネルでも何かプロジェクトを成し遂げるときは必ず、関わる人間の中で一定数の犠牲者が必要になるんだよ。人身御供とでもいったらいいかな。オレの勘では、このプロジェクトでは少なく見積もって三人は必要かな。まあ、誰が選ばれるかまではわかんないけどね」


 県の関連団体で今回、ショッピングセンターに入店する中小事業者の協同組合を指導している花村という三十代半ばの男が耕平に話し掛けた。


「三人もですか? でも、何かができる度に犠牲者が出るんじゃ本末転倒ですし、怖くて仕事なんかできませんね」

「まあ、そう硬く考えるなって」


 ショッピングセンターの売り場は、E堂エリアに入るナショナルチェーンと地元商業者からなるローカルの中小ゾーンから構成される。中小ゾーンこそ街おこしの一環で、観光客相手に土産物を扱うエリアも含め、五十名以上の中小事業者が起死回生を願って、ショッピングセンターの出店を希望している。


 花村はジョッキの中のビールを開けるとおもむろに口を開いた。


「ところで、あの坂下のジイサン、何とかならないかな」

 坂下は地元の銀行を定年退職後、組合の事務局長を任された。不器用で偏屈な老人だが、気の良さもあるので耕平は嫌いになれなかった。

 

「坂下さんも不慣れな仕事の割りによく、やっていると思いますよ」

「それこそ、あのジイサン、使えないから一刻も早く始末してもらいたいよ」

 

 空気を読まない花村のジョークに、耕平は何も言えなかった。


 

 その坂下がある日、車で自損事故を起こした。

 人伝に聞いた話では、何でもない交差点を曲がり切れず、田んぼに突っ込んでいったそうだ。坂下がその時、飲んでいたかどうか判らないが、即死だったという。

 ある意味、花村の願い通りになり、新たな事務局長は石田という四十代半ばの男になった。耕平は花村に向かって話し掛けた。


「驚きましたよ。花村さんの予言通りになっちゃったんで」

「でも、これで終わった訳じゃないよ」


 花村は三人必要と言った。それでは、三人目は誰なのだろう?


 耕平はそんな根も葉もない話は信じたくもなかったし、三人目が誰かなんて想像したくもなかった。

 耕平はその夜、出張先のホテルで魘されて夜中に突然、目を覚ました。

 

 それは鬼が追っかけてくる夢だった。

 逃げても逃げても、何処までも何処までも執拗に鬼が追いかけてくる。

 「お前に追いかけられる理由がわからない」と思いながらも、耕平は逃げるしか術がなかった。その日は遂に眠れず、とうとう明け方まで一睡もできなかった。



スポット3


 北陸の冬は厳しい。事業協同組合事務所で達磨ストーブに火を入れながら、石田が妙なことを話し始めた。


「大判堂のご主人、どうやら先が長くないらしいわ」

「どういうことですか?」

「何でもご主人、末期の肝臓がんを患っているらしいよ」


 大判堂はK市の老舗和菓子店で、今回のショッピングセンターにも出店を希望している。耕平は先日も本人と面談したばかりだが、普通に会話もでき元気そうだった。


「それじゃ、新店舗は誰がやるんですか?」

「息子さんが継ぐらしいですよ」


 大判堂の主人は六十代半ばで医者から余命数カ月と宣告をされた時、達観していた様子だったという。店を三十代の息子に任せた上、新店舗の立ち上げを見てから死にたいと自ら語ったという。殊勝な心掛けだ。


 耕平はその時、不意に花村の言葉を思い出した。

(三人目とは大判堂のご主人だったのか・・・)


 E堂の藤谷、前事務局長の坂下、大判堂の主人。これで三名すべて出揃った。

 

 しかし耕平はその日、帰りの機内で気持ちが安らいでいくことを感じた。

(大判堂の主人には悪いが、これ以上は人が死ぬことはないだろう。それなら今後、安心して仕事に取り組むことができる)


 プロジェクトは基本構想が県に承認され来年、いよいよ着工となる。開発工事や建設工事で、事故などがないように耕平は願った。



スポット4 


 年末、仕事を終えた耕平は三日ぶりに帰郷するためK空港にいた。空港の二階ロビーには、今年も巨大なクリスマスツリーが飾られている。


 最終便で羽田に着いた耕平は公衆電話から自宅に電話を入れた。携帯電話が普及してくるのは2000年代になってからだ。両親と同居していた耕平は出張の際、必ず自宅に電話を入れた。いつもは母の君枝が普通に出る電話も、その日に限って、何度呼び出し音を鳴らしても電話に出る気配がなかった。


 耕平はその時、微かな胸騒ぎを覚えた。

 最寄駅から急いでタクシーで帰宅すると家の中は真っ暗だった。誰もいない台所の電気をつけると、テーブルに走り書きのようなメモが残されていた。


「耕平が出張に行った日、お父さんが駅で倒れて南共済病院に入院しています」


 まるで、テレビドラマのワンシーンを見ているようだった。

 取る物も取り敢えず、車で病院に駆け付けた。駐車場に車を入れると夜間の出入り口から父恭介のいる病室に通された。


 父の恭介は既に意識がなかった。

 

 耕平は君枝に問い詰めた。

「何で出張中に、オレに知らせてくれなかったの?」

「耕平の仕事の邪魔になると思って、連絡できなかった」


 君枝は目頭を押さえながら話した。恭介は昏睡状態で年内は持ったが倒れて三週間後、あっけなく亡くなった。死因は脳内出血、六十五歳の若さだった。


 耕平は動揺しながらも考えた。

(たしかにオレもプロジェクトに携わっているから立派な関係者だ。でも、大判堂の主人で終わったのではなかったのか? それとも、オレもカウントされていたのだろうか。でも、四人目ということになれば一人多い。しかし、オレは当事者だが、父は当事者ではないから人身御供には当てはまらないはずだ)

   

 人身御供とは、生贄として人身を神に供えること。


 耕平はひょっとして、死因に原因があるのではないかと考えた。三人目の大判堂の主人は病死、恭介の父も事故死の側面はあるが、元々持病もあったから病死という括りになる。しかし、自然死ならそもそも人身御供ではない。ならば、あと一人足りないことになる。

 

 死亡者     名前           死因       人身御供

 一人目   E堂の藤谷部長        自殺        〇

 二人目   前組合事務局長の坂下     事故死       〇

 三人目   大判堂の主人         肝臓がん(病死)  ×

 四人目   耕平の父恭介         脳溢血(病死)   ×

 五人目     ?             ?        〇



スポット5


 3月になり、ショッピングセンター内のイベント会場では輝かしいオープンセレモニーが行われていた。来賓はK市の市長、E堂の社長、関係官庁の官僚、ゼネコン、地元の有力者を始め、ローカルテレビ局、新聞社等マスコミなども地域の一大プロジェクトの成功と船出を祝い、賑やかな祝典が開かれていた。


 耕平もコンサルタントとして会場の末端で、来賓の挨拶を聞いていた。

 五年に渡ったプロジェクトは長かったが、耕平を一回りも二回りも成長させてくれた。父がプロジェクト半ばで亡くなったのはショックだったが、あの世から息子の晴れ姿を見て、きっと喜んでくれているだろうと思った。

 

 耕平の座るテーブルの隣には花村がいる。


「花村さん、お疲れ様です。お陰様で無事、竣工することができました」

 花村は一言も発しない。


「ところで以前、花村さんが仰っていた話、憶えていますか?」

「何のことや?」

「ほら、プロジェクトには人身御供が必要という話ですよ。以前、このプロジェクトには三人の犠牲者が必要だとか仰っていましたよね」


 花村は薄笑いを浮かべている。


「あれって、ウチの親父もカウントされちゃったんですか? でも、そうすると計算が合わないんですよね。大判堂のご主人も亡くなったから、四人で一人多いんですよ。それとも、あとの二人は自然死だから人身御供には当たらないとすると、一人足りないことになりません?」

 耕平はそのことについて問い質そうとしたが、花村はソワソワしながら突然、「これから別件があるから」と言いながら先に帰ってしまった。

 

 ショッピングセンターオープンから数か月後、K市郊外の山林で中年の男性の首吊り死体が発見された。


 死体は花村だった。

 検視の結果、自殺と考えて間違いないという。関係者によると遺書もなく、自殺した理由も不明だという。


 耕平はきっと、三人目の犠牲者は花村が自ら買って出たのだと考えた。


 病死がカウントされるのなら四人死んだことになるが、自然死なら一人足りない計算になる。人身御供は、あくまで自死か不慮の死でなければならない。花村の死が自殺なら人身御供に当て嵌まり、ちょうど三人になる。花村は竣工式まで三人目の犠牲者が出るのを待っていたが、遂に三人目は現れなかった。

 だから、自分自身が人身御供にならなければならなかったのだろう。


 その後、新たな事実が判明した。


 花村の父親は元県会議員で昭和四十年代、この土地のプロジェクトの量販店の誘致に深く関与していたという。その際、地権者と土地の買収について折り合いが付かず、殺人事件にまで発展して結果、二人の犠牲者が出たという。

 計画が頓挫した背景には凄惨な事件があった。しかし、三十年以上前の話である。今は誰も語ろうとしないが、花村はおそらくそのことをずっと気に掛け、悩んでいたのかもしれない。


「あの土地を触ればまた、必ず悪いことが起きる」と。


 この土地の人間でない耕平には因縁めいた話をして誤魔化したが、それがだんだん現実になっていくのを見て恐ろしくなった。

 追い詰められた花村は自ら死を選んだ。あるいは、三十年前の凄惨な事件に関与した父親の罪滅ぼしのために自ら、人身御供になったのだろうか。


 耕平はプロジェクトを終えた後仕事に身が入らず、しばらく気が抜けたようだった。

 その後、耕平は役員たちの放漫な経営と出鱈目な仕事振りに我慢できず翌年、コンサルタント会社を辞めて独立した。


 K市のプロジェクトのことも、すっかり忘れていた。

 それを思い出させてくれたのは、2024年春、北陸新幹線が敦賀まで開通したニュースだった。

 K駅まで東京駅から乗り換えなしの直通で行くことができるようになった。

 その時、耕平に三十年前の、あのおぞましい出来事がフラッシュバックしてきた。


 それでも耕平はいつか北陸新幹線に乗ってK駅に行って、K市の街がどのように変わっているか、自分が手掛けたショッピングセンターが賑わっているか、今一度、自分の目でしっかりと見届けたいと思っている。



         




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