第16話
隙がない佇まいで、工藤リズム、
理想は交渉の上での和解だった。
貴方を殺そうとしたのは部下が独断で行ったこと、だからごめんなさい。
なんて、口だけの謝罪だけでは済まないのが世の常なのだろう……特にこの件に関しては。
たとえ交渉に持っていけたとしても、舐められては話しが変わってくる。
どんな思惑であろうが決して弱みを、遅れをとってはならなかった。
下手をすれば『闇のフクロウ』という裏ギルドの解散、ひいては人生を掛けた世直しが一生できなくなってしまう。
沢山ある選択肢で、一番最悪な結末だけは避けたかった。
工藤リズムたちをパーティーとして見たならば、上位に位置するSレベルパーティーになるだろう。
日本、いや、世界有数でも数少ないカテゴリーに入る紛れもない強者だった。
遠影夜叉は細身の短剣を、烏森黒刃は黒く巨大な大剣を、東堂紅音は銀色に輝く細剣を、工藤兄は双大鎌を、そして工藤妹は背中に機械仕掛けの弓矢をそれぞれ装備していた。
人によっては、いや、上位のAレベルパーティーですらも、心が折れる。
ただの魔力圧が、強者が放つと1つの武器になる。
──だが、そんな魔力圧をまるで春風を浴びるかのような、気持ちよさそうに受け流すのがジャージ男だった。
この男、素人が見ても隙がありまくりだ、工藤リズムたちにとってはそれが顕著に見えた。
しかし、無月は油断や慢心なんて決してしていなかった。
無月にしてみても、対話による和解がベストだ。
なのに空気だけが徐々に張りつめていく。
(まずは俺を無力化するってか?)
なんとなく、そんなことが頭によぎる。
無月は静かに一歩前に出た。
己自身に戦うすべがないことなど百も承知なのだ。
使い魔と契約した時、制約として、召喚魔法士としての力、そしてその魔力以外を全て封じられた。
戦いにおいて彼が1人でできること、逃げる、避ける、使い魔を召喚する、使い魔に魔力を渡す、使い魔に指示する……そして魔力圧を放つのみだった。
魔力圧など一切動じることなく、そのまま5人の中心に立っていた工藤リズムに向かって視線を合わせる。
「……その魔力圧程度で俺が白旗をあげると?」
と、冷静な声で言葉を紡ぐ。
その瞬間だった。
「っ?!」
誰かの悲鳴がかすかに漏れた。
抑えていた魔力を、8割解放しただけだった。
「俺にはこれっぽっち効かないぜ?」
ニヤリと笑った無月は容赦なく、工藤リズムたちの合わせた魔力などを圧倒的に超えた、Xレベルの魔力圧をぶつけ放った。
工藤リズムは無月の言葉を聞きながら、心の中で慎重に計算を巡らせていた。
このジャージ男の実力を過小評価することはありえない。
自分たちがどんなに優れたSレベルパーティーであったとしても、未知の者には慎重になるべきだ。
そう考えていたのに、そんな思考が木っ端微塵にぶち壊された。
無月の魔力圧が解放された瞬間、空気が震え、周囲の風景が歪む。
工藤リズムは目を見開き、その場にいる全員が無月の圧倒的な力を感じ取った。
「これは……!」
工藤仁が驚愕の表情を浮かべ、思わず短い声を漏らす、その声さえも震えていた。
遠影夜叉も烏森黒刃も東堂紅音も、一瞬で自分たちの立場を理解してしまった。
「ありえない……こんな力……」
工藤リズムも例外ではなった。
想像を遥かに超えていた。
冷静を装いつつも、内心では震えていた。
彼女のSレベルという力が、ジャージ男の前ではまるで無意味に感じられる。
その圧倒的な魔力圧は、まるで巨大な壁が迫り来るかのように彼女たちの恐怖という本能をガンガン刺激する。
頭痛を通り越して、吐き気を
「さきに言うけど、この魔力圧合戦、そっちが先に仕掛けてきたんだからな?」
無月はなぜか申し訳なさそうに工藤リズムたちに問いかける。
その魔力圧と言い訳じみた言葉のギャップで今にでも倒れそうだった。
どっちが悪役か分かったものではない。
(私は『闇のフクロウ』のボス、そしてSレベルの力があるんだ……!)
工藤リズムはゆっくり深呼吸を繰り返して、鼓舞し、冷静さを取り戻そうとしていた。
大前提としてハンターとは、能力者とは、魔力量がその人物の戦闘力だ。
だから普段の生活では、ギリギリまで抑えている。
その考えがあるのならば、工藤リズムたちは、無月に対して圧倒的に劣勢であることを認めざるを得なかった。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
『闇のフクロウ』の、自分たちの目的を守るためには、何としてでも交渉を成立させる必要があった。
これ以上こんな魔力圧を浴び続ければ、心が完全に壊れてしまう。
「……いきなり試すような真似をしてごめんなさい。私たちはあなたに敵対するつもりはなかったの。今回の件に関しては、部下の独断で行われたものであり、私たちの意思とは関係ない、それはどうかご理解して」
工藤リズムは意を決して判断を下す、それは苦渋の決断に等しかった。
信じてもらえるかは別として、正直に理由を話して謝ることを。
彼女の言葉には悪意のない純粋な誠意が込められており、無月の心に届くかどうかが工藤リズムにとって勝負の分かれ目だった。
無月はその言葉を聞き、少しだけ驚いたような顔をして、しばらくの間考え込むように沈黙した。
そしてやがてその表情が和らぎ、彼は小さく息をついた。
「……分かった。ひとまずは君たちの申し出を聞くことにするよ」
無月はこれ以上空気が悪くならないように、敢えて明るく言葉を発し、魔力圧を解く。
少なくとも交渉は成立した。
それは奇しくも、お互いが目指していた最高のゴールの第一歩だった。
工藤リズムたちは無意識に安堵の息を漏らし、それぞれ頭を下げる。
こうして、無月夜空と、『闇のフクロウ』主力メンバーのファーストコンタクトが終わった。
ダンジョン攻略の果てに! アリズムン @kuuha
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