第2話

「ただいま〜!」


 学校から帰ってきた亜希と康太は、元気よく玄関ドアを開けてリビングに入った。


「お母さん、おやつ〜!」


 いつもの風景だが、今日はキッチンからお母さんの「おかえり」が聞こえない。


「あれ? いないのかな?」


 ランドセルを下ろして二人でキッチンへいくと、メモが一枚置いてあった。


『トリあえず』


 隣には、鶏のササミ、卵、きゅうり、レタスが置いてある。


「ねぇ、これって、今日のおやつはとりあえずこれで自分たちで作れってことかな?」


 亜希が首を捻る。


「でも、『トリ』だけカタカナだよ。トリって漢字が難しいから、僕たちに分かるようにカタカナにしたんだよ。だから、このトリ肉を他の材料と和え酢で混ぜるんじゃないか? 」


 康太が知ったかぶりをするので、亜希も対抗心を燃やして考える。


「わかった! トリプルとかトリオとか言うじゃない? 『トリ』は三のことなのよ。だから三和え酢で、三杯酢でこの材料を和えたらいいんだわ」

「なるほど!」

「それがおやつだ〜!」

 

 二人して手を洗って、きゅうりを切りレタスをちぎる。


「トリはどうやって使うんだろう?」

「火は勝手に使ったらダメよね?」


 顔を見合わせて困っている所へお母さんが帰ってきた。


「あら! 晩ご飯の下ごしらえ、してくれてたのね。ありがとう」

「え? これがおやつじゃないの?」

「そんなわけないじゃない。おやつは冷蔵庫のヨーグルトよ」

「なぁんだ。じゃあこのメモは?」

「ああ、お姉ちゃんが帰ってきたらいつも手伝ってくれるでしょ。材料を見たら和え物作っちゃうだろうけど、鶏はフライにするから和えないでって意味で書いたのよ。自然解凍するために隣に出したから間違うといけないと思って」

「なるほど」

「トリ和えず、だったのね」


  ☆  ☆  ☆


「ん〜。やっぱりイマイチ。どうしようかなぁ」


 いくらひねくり回しても、『トリあえず』なんてお題でいい話が書けない。


 これといっていい案を思いつかないまま朝を迎える。寝ている間も頭の中でぐるぐる考えていたから、寝不足だ。

 欠伸をしながらダイニングに行くと、テーブルにはサンドイッチとコーヒーが用意してある。圭佑はもう出勤したようだ。昨日あんなひどい八つ当たりをしたのに、と申し訳なくなる。

 ありがたくサンドイッチを食べ終え片付けると、ランチョンマットの下に一枚の紙が敷いてあった。


『トリあえずラルじのかンケさうらクしいらさケししをがーゆおみしスうりてて』


「なにこれ。呪文?」


 思わず言葉がもれる。

 最初の『トリあえず』は、一昨日から美咲の頭をずっと悩ませているお題だけど、その続きが全く分からない。佳祐も何か考えてくれて、アイデアをくれたのかもしれないけど、ちんぷんかんぷんだ。

 『トリあえず』の『トリ』は、ちゃんとカタカナを使っているけど、これに意味はあるのかな。他にもカタカナの部分がある。


「暗号なのかな? これを解いたらヒントになるの?」


 美咲は呪文のような文字列をしばらく眺めて考えた。


「ちょっと待ってー。これを解くのに時間がかかってたら、意味無いじゃない!」


 ポイっと紙を放り投げかけ、裏にも何か書いてあることに気がついた。


『五 縦』


「これってヒント?」


 もう一度文字を見直す。

 でもやっぱり分からない。


「ヒントの意味すら分からないなんて、どうしようもないじゃない。狸はを抜くとか、ちりとりはをとるとか、もっと簡単なのにしてくれないと」


 ぶつくさ文句を言う。


「五かぁ。五。縦……。あ! もしかして」


 美咲は思いついた解き方を試してみるために、鉛筆をとりにいった。

 


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