トリあえず@にゅーぼでぃ

すらなりとな

トリあえずやってもロクな結果にならない!


「れんちゃんとたんちゃーん?

 お父さんが試作品改良したって言ってるから、ちょっと研究室に行ってあげて?」


 朝。登校前の時間。

 お母さんにそう言われた私ことれんちゃんは、自称研究者のお父さんの研究室へ歩いていた。

 妹のたんちゃんも一緒だ。

 といっても、たんちゃんと一緒に歩いているわけじゃない。

 お父さん開発のゲームをやっていた私は、アバターの宝石になってしまい、たまたま宝石を拾ったたんちゃんに憑りついてしまった。

 試作品、というのは、そんな私とたんちゃんを分離するため、お父さんが作った装置のことだ。

 正式名称を霊的制御マシン試作弐拾四号機というが、見た目はダンボールロボ。

 ペットネームも「試作型ただの箱君二十四号」である。

 仕組みはよく分からないが、たんちゃんから私を引きはがし、ダンボールロボのパイロットにするという、夢とロマンにあふれた装置だ。


 ――今度は、ちゃんとしたのが出来たんでしょうね?


 が、たんちゃんには不評のようだ。

 今もせっかくの改良版と聞いても不満そうな声を上げている。

 ちなみに、たんちゃんの不満の声が聞こえるのは私だけだ。

 私が憑りついたせいで、たんちゃんは脳内ボイスとなってしまった。


(まあまあ、ほら、いろいろ欠陥はあるみたいだけど、私とたんちゃんを分離するっていう目標は達成できてるじゃない?)


 頭の中でたんちゃんをなだめながら、お父さんの研究室の扉を開く。

 研究室といっても、家の裏にある、ちょっと大きめの物置だ。

 唯一、ダンボール製の「七瀬理研究所」という看板がかかっているくらいか。


「おお、ひとえつらね。よく来たね」


 中に入ると、お父さんが出迎えた。

 つらねひとえというのは私たちの本当の名前だ。

 もっとも、本名で呼ぶのはお父さんくらい。

 みんな「たんちゃん」「れんちゃん」と呼ぶので、普段はこっちで通している。


「お母さんが、試作品改良したって言ってたけど、どうなったの?」

「うむ! さっそく我が研究成果を披露しようじゃないか!」


 仰々しく、後ろの棚から立派な金属製の箱を取り出すお父さん!

 金属製の箱の中には!

 なんと、ダンボールが!


 ――さんざんもったいぶって、結局ダンボールなんじゃない!

(まあまあ、ほら、これから何か違う流れになるかもしれないじゃない?)


 頭の中で叫ぶたんちゃんをなだめながら、お父さんから試作品を受け取る。


「ええっと、この中に宝石を入れればいいの?」

「うむ! 使い方は変わっていないから、箱の中に入れて蓋を閉じれば大丈夫だ」


 お父さんに言われたとおり、私は普段ネックレスにしている宝石のアバターを外し、ダンボールの中に入れた。


 蓋を閉じる。

 暗転する視界。


 次に光を取り戻した時、ちょっと低い視界が広がっていた。

 どうやら、無事にたんちゃんに抱えられたダンボールへ意識が移ったようだ。


「それで、何がどう変わったの?」


 ダンボールを抱えながら、たんちゃんがお父さんに問いかける。

 お父さんはうなずきながら説明を続けた。


「うん、まず、魂を切り離せる時間が増えた!

 改良前は24時間稼働後、およそ168時間のインターバルが必要だったが、稼働時間は48時間に延長し、インターバルは84時間まで減少した!」

「え? それだけ?」

「もちろん、魂魄距離も改善している。今まで連と単は100メートルほどしか離れられなかったが、改良後は200メートルまで延長した!」

「他には、ないの?」

「まさか! 私はこの程度の改造じゃあ満足しないとも!

 最大の改善点はこれからだ!

 つらね、合体シーケンスを起動してみてくれ!」


 お父さんに言われて、ゲームのコマンドボタンのように視界で浮かぶ「合体!」ボタンを押してみる。もちろん、ダンボールの中の私は宝石なので、実際に手で押すわけじゃない。押したようなつもりになるだけだ。

 それでも、しっかりとコマンドは起動!

 視界に「超魂合体!」の赤文字がデカデカと表示される!

 どこからか飛んでくるダンボールパーツ!

 合体完了! の文字とともに、キメポーズをとるダンボールロボ!


「見よ! この胸のトリを!」

「ねえ、見てみて、たんちゃん、トリ、トリ!」


 ダンボールロボの胸には、なんとトリがついていた!

 他にも細かいデティールが追加されている!

 これはすごい改善点だ!

 コスプレダンボールロボがダンボールアートにまで昇華されている!

 が、なぜかたんちゃんからは冷めた声が上がった。


「ああ、うん、鳥ね、トリ……」

「む? どうした単? トリだぞ? 必殺技も撃てるんだぞ!」

「ああ、うん、必殺技ね、ひっさつわざ……」

「そうだよ! たんちゃん! 変形もできて、バードモードにもなれるんだよ!」

「ああ、うん、バードモードね、ばーどもーど……」


 おかしい。

 たんちゃんの反応が薄い。

 私はお父さんにこっそりと話しかけた。


「お父さん、やっぱり、トリじゃなくてライオンの方がよかったんじゃない?」

「む? そうだったか? いや、しかし、お父さんは勇者■■□□□□派なんだ。

 設計・デザインだってその道のプロに依頼し、完全に再現している!

 これを実現する努力に比べれば、他の改善など大した時間もかかってない!

 きっと、単も学校の人気者になれるぞ!」

「でも、たんちゃんは勇者◇◆◆◆◆◆とかの方が好みだったんだよ!」

(注)■や□や◇や◆伏字のハコの中身はご自由にご想像ください。


「ああ、うん、取り敢えず、トリで誤魔化そうとしたのは分かったわ」

「お父さん、たんちゃんがトリは取り敢えずなんじゃないかって。トリだけに」

「うん、お父さんは勇者■■□□□□昭和の熱血少年ロボット漫画に出てくるノリみたいで大好きだぞ?」


 無言で出て行こうとするたんちゃん。

 どうやら、完全にへそを曲げたらしい。


「あ、ごめんゴメン、ごめんってば!」


 私は慌てて謝りながら、学校へ向かうたんちゃんを追いかけた。



 ―――――☆



 予想通り、私ことダンボール勇者は、学校で大人気となった。

 学校、といってもたんちゃんの通う学校である。

 たんちゃんの通う学校は底辺校である。

 正式名称・陽ノ道学園の略称がヨウチ園になるくらいには、底辺校なのである。


「すげえ!」

「これぞロマン!」

「ロボットアニメ研究会に興味ありませんか!」


 あっという間に見た目不良さんに囲まれる私。

 私はそれに手を振って返しながら、自分の席に着く。

 たんちゃんの後ろの席だ。

 このヨウチ園は、ダンボールでも生徒として受け入れるくらいには多様性が尊重されている。


「へー、ハコちゃんって、バージョンアップしたんだ」


 たんちゃんの隣に座る友達、さっちゃんが話しかけてきた。

 なお、ハコちゃんというのは学校での私の名前だ。

 特にひねらず、只野葉子ダダノハコで通して、クラスにも普通に受け入れられている。

 本当に多様性に満ちあふれた校風である。


「うん、制服着ちゃうと、胸のトリが隠れちゃうのが難点なんだけどね?」

「うーん、ちょっと改造すればいけそうな気がするけど?」


 ダンボール勇者の額にマジックペンで勇者■■□□□□と書き込んでいるさっちゃんとそんな話をしていると、扉が盛大に開いた。

 さっちゃんの友達の、隣のクラスの不良さんだ。

 残念ながらこの不良さんは多様性あふれる素晴らしい校風に染まっていないらしく、未だ私をダンボールロボ呼ばわりしている。


「うお! ダ、ダンボールロボがパワーアップしてる!」

「もう、ダンボールロボじゃなくて、ハコちゃんだってば!

 バージョンアップもしたんだから、いい加減ダンボールから離れなさいって!」

「ああもう、どっから突っこんだらいいか分からねぇよ!」


 たんちゃんが激しくうなずいている!

 しかし、こちらに参加するつもりはないようで、黙って見ているようだ。

 が、不良さんはたんちゃんの方へ向き直った。


「ああ、そうだ! 今日はダンボールに用はねぇんだ! たんちゃんの姉御!」

「その姉御っていうの、やめてくんない?」


 それはもう嫌そうに返すたんちゃん。

 少し前に、風紀委員に指名されてから、たんちゃんは姉御と呼ばれている。

 よほど、このヨウチ園での風紀委員が嫌だったらしい。


「頼む! 極道の奴に! 力を貸してやってくれ!」

「土下座すんのもやめてほしいんだけど?」


 極道というのは隣のクラスの風紀委員、極道秀男くんのことだ。

 特にヤクザとは関係ない。

 ちなみに、私は秀ちゃんと呼んでいる。

 何か困ったことでもあったんだろうか?


「極道の奴、隣の高校トリに行くって、特攻していったんだ!」


 だが、不良校特有のヤクザ的な何かとは関係があったようだ。

 たんちゃんも嫌そうにしながら話を聞く。


「なんでそうなったの?」

「ほら、この間! ドウブツ園の奴らが襲撃に来て、返り討ちにしただろ!

 その関係だよ!」


 ドウブツ園というのは隣の高校の略称である。

 正しくは不動武烈学園だが、それがドウブツ園になる程度には、底辺校である。


「で? 私にどうしてほしいの?」

「いや、この間の襲撃返り討ちにしたの!

 姉御じゃねえっすか!

 助けてやりに行ってくださいよ!」


 そういえばそうだった。

 あの時は私がたんちゃんに憑りついていて、ゲームのアバターと同じ力が出る私は、不良を吹っ飛ばしたんだった。

 つまりは私のせい?


「よし! たんちゃん! 行こう! すぐ行こう!」

「え? は? ちょ、待っ!」


 待てない。

 話が変な方へ広がる前に、私はバードモードに変形すると、たんちゃんを背に、ドウブツ園へと飛び立った。



 ―――――☆



 秀ちゃんはすぐに見つかった。

 不動武烈高校の校門前だ。


「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 ここに参上!」


 なんか叫んでいる。

 私はたんちゃんと一緒に隣に降りた。

 たんちゃんが、小さくつぶやく。


「なにしてんの?」

「はっ!? 姉御! なぜここに!」

「知らないわよ、そんなの。私はハコちゃんに連れてこられただけなんだから。

 で、ハコちゃん、何してんの?」

「え? ほら、秀ちゃんが一人でドウブツ園をトリに行くって言ったから、助けに来たんだけど?」

「だけどじゃないわよ! なんで! 私が! 助けなきゃなんないの!」

「だって、あの時返り討ちにしたのはわた、じゃなくて、たんちゃんだし?

 たんちゃんもノリノリだったし? ちょっと責任あるんじゃないかなって?」

「……う」


 たんちゃんもノリノリ、というところで小さくうめき声をあげるたんちゃん。

 が、それを吹き消す大声が、隣から響いた。


「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 姉御! この学園をトリに来たわけじゃありません!」

「え? 違うの?」

「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 風紀委員であります! 暴力反対であります!」


 顔を見合わせる私とたんちゃん。

 戸惑いがちに、たんちゃんが問いかけた。


「でも、さっき、隣のクラスの不良が学園トリに行ったって……」

「それはきっと聞き違いか、伝言ミスと思われます!

 実は、この間の襲撃で! 姉御にこの学園の不良共々吹き飛ばされた俺は!

 この学園の女子生徒の小鳥遊登里たかなしとりさんという方に手当されまして!

 借りたままだったハンカチをハンカチを返しに来たのです!

 隣の学園の登里さんに会いに行く、と、同じ風紀委員の野呂井さんに伝言を頼んだのですが、それが隣の学園トリに行く、と誤って伝わったのでしょう!」


 それ授業前にやる?

 などという常識的なツッコミはしてはいけない。風紀委員の彼としては、底辺校の授業などよりも、よっぽど大切なことだったのだろう。


「はあ、なんかどっと疲れたわ。じゃあ、そのトリさんによろしく」


 帰ろうとするたんちゃん。

 が、すぐに立ち止まった。


「ヨウチ園の奴らがウチの学校トリに来たぞー!」

「出撃じゃお前らぁぁぁ!」

「ぶっ○せーー!」


 今までのやり取りをいろいろと聞き間違えたドウブツ園の生徒たちが、校舎からわらわら出てきたからだ。

 さすが底辺校。人の話なんてまともに聞かない。

 慌てたのはたんちゃんである。


「ちょ、どうすんのよ?」

「もう、仕方ないなぁ。

 ここは私に任せて、二人は裏門からでもそっと入って、登里さんに会ってきて?」


 私がそういうと、秀ちゃんが声を上げた。


「い、いいんですか?」

「いいのよ! ほら! ハコちゃんの想いを無駄にしない!」


 そんな秀ちゃんをたんちゃんが煽る。


「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 必ず! 登里さん会って見せます!」


 さすが底辺校。ノリと勢いは素晴らしい。

 秀ちゃんは感動の涙を流しながら、裏門へと走っていった。

 たんちゃんもそれを追う。


「あー、お姉ちゃん? 飽きたら帰っていいからね?」


 去り際にそんなことを言うあたり、我が妹はツンデレである。


「よーし、お姉ちゃん、張り切っちゃう!」


 ちょっと嬉しくなった私は、


「トリあえず必殺――ええっと、□■◇◆!」

(注)■や□や◇や◆伏字のハコにはお好みの必殺技名を入れて下さい。


 新機能のかっこいい必殺技を、トリあえず全力で放った!

 あっという間に吹き飛ばされるドウブツ園の不良さんたち!

 さすが勇者■■□□□□!

 あっという間に鎮圧完了!

(注)勇者■■□□□□は決して人に向けて必殺技を放ちません。ご安心ください。


「うん、じゃあ、トリあえず、二人と登里さんを探しに行こう」


 普通に正門からドウブツ園に入る私。

 何か叫び声が聞こえる(きっとダンボール勇者の私に歓声を上げているんだろう)廊下を歩いて職員室へ。

 扉を開けてすぐ近くにいた、ジャージを着た女の先生に声をかける。


「あの、すみません?」

「はいはい。あら、その制服は――陽ノ道学園の生徒さん?

 珍しいね? 襲撃かしら? いつもはこっちから攻め込んでるんだけど……?」

「いえ。ちょっと襲撃とは違いまして。この学園に通っている、小鳥遊登里さんという方に会いたいんですけど、いらっしゃいますか?」

「あら。残念。小鳥遊さんなら、ちょっと前に、家族の都合で転校したよ?

 うちみたいな底辺校には珍しい優しい娘だったんだけど」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 どうやら、秀ちゃんはトリちゃんに会えなかったようだ。

 仕方ない、早いとこ二人と合流しよう。

 そう思ったのだが、


「それは本当ですか!?」


 なんと扉を開いて、秀ちゃんが入ってきた。たんちゃんも一緒だ。

 廊下を走ってきたのか、息を切らしている。

 先生が怪訝そうに話しかけた。


「ええっと、こちらの方は?」

「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男であります!

 この間、不動武烈学園の方に襲撃された際!

 登里さんにハンカチをお借りしまして!

 お礼を言おうと参上しました!」

「あらあらあら! まあまあまあ! いいわねいいわね! そういうの!」


 ものすごく嬉しそうな先生。

 が、後ろのたんちゃんはすごく嫌そうな声を上げる。


「なに、私ってば、くたびれ損?」

「うーん、やっぱり、トリあえず必殺! ってやったのがよくなかったかな?」

「登里会えずだけにって?

 いい加減、勇者■■□□□□昭和の熱血少年ロボット漫画みたいなノリから離れなさいよ」


 そんな会話を交わす私たち。

 しかし、秀ちゃんは諦めていなかったようで。


「押忍! 不肖! 陽ノ道学園! 壱年弐組! 極道秀男!

 一度決めたことは貫くべく! 転校先まで探しに行ってきます!」

「うんうん、頑張ってね!」


 先生に見送られながら、走り出した!



 ―――――☆



 後日。

 昼休み、たんちゃんボディに戻った私は、いつも通り、さっちゃんとお弁当を食べていると。


「たんちゃん、そのおかず頂戴?」

「いいよー?」

「あ、それと知ってる?」

「知らなーい」

「ほら、この間、ドウブツ園に特攻した秀ちゃん。

 なんか、ストーカーで警察に捕まったらしいよ?

 なんでも、小鳥遊さん? とかいう子を、転校先まで追いかけたみたいで」


 私はトリあえず聞かなかったことにすると、お弁当をかきこんだ。

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