40 お題:「世界で一番、大っ嫌いだ!」

 暇だった。


 従妹の真澄が海水浴に行きたいというから電車に2時間揺られて海水浴に行き、2時間ほど泳ぎ、お小遣いを節約するんだと海の家でシャワーも浴びず、駅のトイレで着替え、再び電車に乗って帰路についたところだ。


 真澄は海ではしゃぎすぎたのか、電車のボックス席に腰をかけるや否や、爆睡を始めた。お守り役の僕は車窓を眺めて、時折見えていた海が全く見えなくなって、日常に戻りつつあることを悟り、少し寂しくなる。


 でも暇だった。


 スマホでゲームをする趣味はないし、特に暇つぶしの道具も持ってきていない。真澄と一緒にいれば真澄がしゃべりまくるからそんなものは必要ではないのだ。しかしこうして眠られてしまうとそのギャップでものすごく暇に感じる。ついでにいうと静かだ。電車の音と揺れが心地よい。


 真澄も高校生になった。潮水で濡れていた髪は乾きつつあるが、ボサボサとまではいかないが、いろいろ飛び跳ねている。しかし可愛くなったものだ。昔からいろいろ遊びにつきあわされてきたが、こんなにかわいくなるとは思わなかった。


 各駅停車が終点になり、快速の始発駅に到着する。


「乗り換えるぞ」


「……おおっ」


 真澄は頭を2、3度振り、我を取り戻したかのような表情で僕を見た。


「うお。斗真兄ちゃんがいる。なんで?」


「いいから行くぞ」


 僕は網棚の上から2人分の荷物をつかみ取り、もう片方の手で真澄の手を引いて、向かいで発車時間を待っている快速電車に乗り換える。ホームに出ると熱気であてられるが、快速電車に入ると冷房が効いている。2人掛けの席に決め、荷物を網棚に置いて、2人で座る。


「おお……海水浴に行ったんだっけ」


「ずいぶん寝ぼけてたな」


「ごめんごめん」


 真澄は苦笑する。でも楽しそうだ。


 快速電車が発車し、次の停車駅で人が大勢乗ってくる。もう首都圏の電車内のそれになる。レジャー感は一気に消えてなくなる。


「……暇だな」


 真澄が言った。真澄が暇というとかなり暇ななのだろう。


「なにかゲームでもすればいいじゃないか」


「うん。じゃあ斗真兄ちゃん、つきあってくれる?」


「いいよ。どんなゲーム?」


 僕はスマホを取り出そうとしたが、真澄が言った。


「あべこべゲームをしよう」


「なんだそれ」


「相手が言ったことと反対のことをしないとならないゲーム」


「電車の中でそんなんできるか」


「なのでちょっと変えて、思ったことと反対のことを答えるゲームにする」


「それならできそうだな」


「じゃあ第一問。斗真兄ちゃんはハンバーグが嫌い」


「そうだな」


 ハンバーグは大好物だ。


「斗真兄ちゃんは大学に彼女がいない」


「いる」


 いないわ。何を言わせるんだ、こいつ、と僕は真澄を睨み付ける。真澄は面白そうに笑う。


「じゃあ次は僕だ。真澄はウィンドショコラのケーキが好き」


 うちの近くのお気に入りの洋菓子店の名前を挙げる。真澄はここのケーキが大好きで、何度買わされたかわからないくらいだ。


「嫌い」


「よしよし、じゃあもう買わなくていいんだな」


「買わなくていい」


 そうか。逆のことを言わなければならなかったから、僕の台詞は「また買おう」が正しかったのか。失敗した。


「じゃあ次は私の番。斗真兄ちゃんの女の子の好みはショートカットではなくロングである」


「ショートカットが好きだ」


 真澄はショートカットだ。わざと言わされたくさい。


「吊り目と垂れ目なら垂れ目が好き」


「吊り目が好き」


 まただ。真澄はどちらかと言えば吊り目だ。言わされた。真澄はくすくすと笑っている。はまったとでも思っているのだろう。


「あ、ごめん。さっきもう負けてた。『大学に彼女いる』は『いない』って答えないといけなかった」


「嘘!」


 真澄の表情が変わった。そしてすぐにハッと気が付いたようだ。そう。反対のことを言っているんだから、負けていないし、いないと答えなければならなかったことも逆の意味になる。


「騙したなあ~~」


「そういうルールだろ」


「もう……相変わらずだな」


「それは変わったって意味になる」


「ある意味そうかも。斗真兄ちゃん、変わった」


 どうなんだろう、これ、どういう意味だろう。自分ではそんな変わった気がしないからあべこべを言っているんだろうか。


「真澄もずいぶん変わったよ」


 僕は真澄を上から下まで眺めて答える。ゲームが続いているかどうかは本人に判断して貰おう。


「少しくらい育った?」


 真澄は胸の前で腕を組み、持ち上げた。


 水着で大きさは確認済みだ。結構大きくなっていた。


 僕は俯いた。


「ねえ、どうなの? 答えて?」


「育ってない」


「それ、どっち? ゲーム中?」


「ゲームはもう終わっている」


「どっちかわかんない!」


「このままこんな風に遊んでたら、真澄は恋人できないままで、僕は彼女できないで、そういう過程をすっとばして、大人になったら結婚しているかもな」


 僕は普段からそう思っている。真澄との関係はこのまま続いて、じゃあ、みたいに結婚しているのではないかと思っている。だが、それを今まで言葉にはできなかった。できなかったから、今、このゲーム中に言う。


「ホント?」


 真澄は上目遣いで僕を見る。僕は笑いながら答える。


「嘘」


「斗真兄ちゃんなんて、世界で一番、大っ嫌いだ!」

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