5000字短編小説企画!お題は「虫」٩(ˊᗜˋ*)و♪
「支配する者」
照り付ける太陽。
吹きすさぶ砂嵐。
雨は数年に1度しか降らない、砂と岩山しかない世界。
そんな世界に彼らは「タワー」を建築する。
その「タワー」の高さは時に5メートル以上にもなり、壁の厚さは15センチ以上、直径は10メートル以上になることも希ではない。それほど巨大で丈夫な建造物でなければ、昼夜の温度差実に80度、強烈な砂嵐が吹き荒れるこの過酷な世界で立ちつつけることはできないのである。
そして彼らはその「タワー」の中から出ることなく一生を終え、その次の世代もそのまた次の世代も、「タワー」を築き、彼らの社会を維持するために生まれ、働き、死ぬ。
彼らには名前がない。
名前はないが、役割はある。
穴を掘る者。土を固める者。滅多にこないが、外界からの侵入者と戦う者。女王の世話をする者。畑を耕す者。ネズミを飼う者。
そう彼らは社会性動物と呼ばれる存在、その中でもかつて人類がいた時代には「シロアリ」と呼ばれていた種族である。
人類はとうに滅んだが、彼らは自分たちの世界を更に進化させて、今に生を繋いでいた。生き残ったものが勝者というのであれば、彼らは勝者であった。
シロアリの世界は過酷だが、穏やかだ。
自分の役割を果たすことしか考えていない。穴を掘る者は穴を掘ることだけを、土を固める者は土を固めることだけを考えて生きている。女王アリですら、卵を産むことしか考えていない。シロアリは「タワー」の中に生きるもの全てに意思がある。その意思が1つになって初めて生存が確立される、「タワー」が1つの生き物なのである。
掘る。掘る。掘る。
固める。固める。固める。
耕す。耕す。耕す。
産む、産む、産む。
無数の意思が彼ら全てを活かしている。
その中には邪念も煩悩もない。純粋に「生きる」ということに特化した悟りの世界だ。
人類は不完全な生き物だった。
悩み、妬み、苦しみ、悲しみ、そして滅んだ。
それは必然だったのだ。
創造主がいたのであれば、そう嘆いたに違いない。
静かな世界、そして完全な世界。
再び地球環境が激変する数千万年の間まで、シロアリたちはその完全な世界を維持し続けることだろう。
☆ ☆ ☆
これはかなり未来の話である。
人類が滅んでいることは間違いない。なんといっても2億年から3億年も未来の話だ。仮に人類の子孫が生き残っていたとしても間違いなく人類の形を残していないし、そもそも哺乳類が生息できる気候帯がどれほど残されていることか甚だ疑問だ。何故なら大陸移動が続いた結果、南極大陸以外の大陸と亜大陸はかつてのようにすべて1つの大陸となり、巨大な大陸が生じているからだ。今の科学者たちはその超大陸を『Amasia』と呼んでいる。
南極大陸以外の大陸全てが合わさった超巨大な大陸の内部では、海洋による温度調整機能が働かず、昼夜の気温差が激しくなることが想定される。今のオーストラリア大陸の中央部を考えて貰えばいい。過酷な砂漠地帯となるのである。
もっとも人類が来る前のオーストラリア大陸の内陸部は実は森林地帯だったという説があるのだが、それはまた別の話なのでここでは言及しない。
そのような超大陸ではおそらく海流の関係でうまいこと温暖な気候が生まれた海岸地帯でのみ、中型から大型の哺乳類は生存できるだろう。しかしその程度のことだ。海流の変化で常に絶滅と背中合わせでいることだろう。
ではそれ以外の過酷な気候となった超大陸の生態系はどのようなものになっているのだろうか。
もちろん、今の砂漠地帯の生態系が参考になるだろう。雨期の雨に対応した植物がかろうじて繁茂し、それを食べる小型の哺乳類やは虫類がその僅かな緑に依存した小さなコロニーを築く。そして長距離の移動手段をもつ鳥類ときおり訪れる――そういう生態系が考えられるだろう。
しかしそれはコンスタントに降る場所の場合である。超大陸では海から遠い内陸部が大半を占める。ということは雨の素になる湿気が遠く、周辺部(その周辺部だってかなりの面積になるだろうが)にしか雨は降らない。
過去、海だった場所に残っていた地下水だってそのうちに枯れてしまう。水が無ければ、生物は生命維持が出来ないし、昼間の気温は何十度となり、夜間は零下になることは間違いない世界が超大陸の中央部だ。今の地球には存在しない環境である。そんな過酷な場所で生き残る生物がいるのだろうか。
おそらくいる。
それが想定されている生き物は『シロアリ』である。
これを読まれている方もシロアリという虫の名前はご存じだと思う。家を食べてしまう恐ろしい害虫で、シロアリ駆除の広告を1度くらい見たことは誰でもあるのではないだろうか。そのシロアリである。
木材を、要するに植物の細胞壁を構成するセルロースを主食として、植物の残存対の自然分解の手助けをしている、生態系になくてはならない虫なのだが、人間には毛嫌いされているのは人間に都合が悪いからであって、シロアリには何の罪もない。
シロアリはアリと名前がついているが、アリよりもゴキブリの近縁種である。しかしその生態はアリとよく似ている。女王アリを中心とした社会性を持つ虫なのである。
シロアリは巣を作るが、それは蟻塚と呼ばれるもので、シロアリの糞と土で作られ、高さ数メートル、厚さ15センチ、直径に至っては10メートル以上にまでなるものもあるという。その内部に数万のシロアリが住んでいるのである。
その蟻塚の中では得られた水分が保たれており、過酷な環境の中でも快適な温度を維持できる。快適なのでヘビやトカゲ、蜘蛛やときにマングースのような大型の動物を店子にすることがあるくらいらしい。
しかもしれだけでなく、ある種では内部で「農耕」まで行われているのだ。
そう。農耕である。別に農業をするのは人類の専売特許では無く、人類がまだチンパンジーとの共通祖先から分かれる遙か昔から、シロアリは自らキノコを組織的に栽培し、食料としていたのである。植物の残存体を食べるだけでなく、自分たちで農耕までできるのだから、自給自足が可能なわけで、シロアリの蟻塚の中は1種の閉じた生態系ともいえるほどなのだ。
逆を言えば、超大陸の内部という過酷な環境の中ではシロアリの蟻塚くらいしか生態系を維持できないのである。
現在のシロアリの形態になったのが2000万年前と、生物の進化の中ではけっこう最近である。その10倍もの時間を経て、シロアリが更に進化している可能性は十分にある。シロアリのような社会性を持つ、女王アリや兵隊アリ、働きアリなど、さまざまな役割を別の個体が担うような生物が、進化するには新たな役割をもつ形態のシロアリを生み出すだけで足りるので、哺乳類のように種そのものが進化して変移する必要が無い分、かなりフレキシブルである。
過酷な環境に適応する新たな役割を持った個体を発生させればいいわけで、キノコ栽培だけでなく、他のものも栽培するようになるかもしれない。栽培では無く放牧も考えられる。キノコを食べる動物と共生し、彼らが蟻塚の中で死ねばそれを食べることもできるからである。その場合、その動物の世話をするような役割を持ったシロアリが派生することだろう。
蟻塚は閉じた生態系だが、可能性は閉じられていないのである。
2億年から3億年後。
あんまり我々には関係の無い世界だ。
しかし想像してもらいたい。
一面の砂漠と岩山。強烈に照り付ける太陽と激しい砂嵐が支配する超大陸中央部。
その中に無数の蟻塚がそびえ立っている。
それはあたかも人類が築いたメガシティにも似た、その時代の生命体を象徴するかのような「建造物」だ。
その建造物の中で、シロアリの社会が、何万年、何十万年と継続する。
それは想像することすら難しいほど、気が遠くなる話だ。
私はそんな風景を見ても「彼岸」という言葉しか思い浮かばない。煩悩と迷いの世界から悟りの世界に至ったその場所が「彼岸」だ。
シロアリたちの中には煩悩も迷いもないだろう。
遠い未来の彼岸の世界の支配者は、シロアリなのである。
自主企画に乗りますよ~(主に短編です) 八幡ヒビキ @vainakaripapa
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