「夏に置いてきた写真」 第57回「2000文字以内でお題に挑戦!」企画

 毎度お世話になります(^_^;)


     ☆ ☆ ☆


 写真を撮るのを辞めてから結構経つ。中学の時はあんなにも撮りに行っていたのに。写真だけではない。動画もよく撮った。結局、文化祭はショートムービーを撮った。静止画と動画を組み合わせて、夏をそれっぽく撮ったショートムービーだ。


 その中の彼女はいつでも同じ笑顔だ。


 望はベッドに仰向けになり、スマホでそのショートムービーを久しぶりに眺める。自分がコンテを切り、撮影し、編集し、音楽をつけた、中3の夏のすべてを投じたそれは、今見ると手直ししたいところもあるが、なかなかのものだ。


 彼女と電車に乗って1時間の海に行き、何度もロケをした。もちろん2人きりではない。ショートムービーでも、レフ板を持って貰ったり、通りかかった人が撮影の邪魔にならないよう誘導したり、メイクして貰ったりと多くのスタッフが必要だ。それが可能になるほど人が集まったのは彼女の人望による。


 白いワンピースに幅広帽子。鮮やかなスカイブルーのサンダルに、肩から掛ける小さなバッグ。そして風に揺れる長い金髪。


 波打ち際を歩き、空の蒼の色を写したサンダルと白い波が重なる。


 少女は穏やかで優しい笑顔をうっすらと湛えながら、望の方を見る。もちろん、カメラのレンズ越しにだ。望は液晶画面の中に幻想の彼女を見ていた。


 彼女は満足げに満面の、そして清楚な笑みを湛える。


「いつまでオレは引き摺ってんのかなあ」


 望は思い返す。自分が公立の進学校に、彼女が清心女子高に入学して、会わなくなって早3ヶ月。それでも何をしているのかはよく知っている。彼女は頻繁にSNSを投稿し、近況を世界に知らせているからだ。フォロワー数は4.5万人。


 清心女子高に入るや否や、1年生だけでスクールアイドル同好会を設立し、ついにその第一弾になる1曲目のステージ動画が披露されたところだ。


 ショートムービーを見終えると望はもう何度見たか分からないスクールアイドル同好会の動画を見る。


 スクールアイドル同好会のメンバーは9人。その中の1人が彼女だが、清楚さからはほど遠い。9人の中でもっとも肌色面積が狭く、至るところにアクセサリーも満載し、センターからちょっと遠い。いわゆる金髪ギャル枠だ。それも彼女らしい。ショートムービーの彼女の方が嘘なのだ。


 上げられた動画はステージ全体を通して固定で映すロングショットだけ。こんな動画がいい出来になるはずがないことは彼女だって知っているはずなのに、何故、アップしたのか。理解に苦しむ。


 望むがモヤモヤしながらその動画を見ているとスマホが震えて着信を知らせた。


 湯島真凜ゆしま まりんと画面には表示されている。音声通話だ。


『よう、下僕1号、羽山望はやま のぞむ。どうせ暇してるんだろ。電話してやったぞ』


 あいかわらずの上から目線だ。久しぶりだと望もムッとする。


「暇はしてないが、君の動画を見ていたよ」


『ああ。さっそく餌に食いついてくれたか』


 スマホの向こう側の真凜の声は、いつにも増して愉快そうだった。


「餌――どういうことだ?」


『こんな出来の悪い動画を上げて何考えてんだ。これならオレが撮るのにって思ってなかった?』


 図星過ぎた。そういうことか。餌というのはこの電話の前振りと言うことだったんだ、と望は気がつき、動画を見ていたと口にしたことを後悔した。上から食いつくネタがあったら最後までしゃぶりついて人を利用するのが真凜のやり方だ。


「ああ。あんなんならオレが撮るさ」


 毒を食らわば皿までの精神で望は真凜に応えた。


『いいねえ。下僕1号。その意気だよ。真凜様が君に最高の夏をプレゼントしてやろう』


「押しつけはいらん」


『そういうなよ。スクールアイドル同好会を作ったのは知ってるだろ? 周知するにしても静止画スチールが必要なんだよ。それも腕利きが撮った奴が……もちろん練習を撮影して貰ってダンスの反省材料に使ったり、ステージ動画も作って欲しいけどね』


「オレに何のメリットが……」


『ウチを含めた美少女9人の静止画スチール取り放題だぞ。美味しくないか? しかも水着やるぞ!』


「マジか……」


 真凜の水着が見たくないといったら嘘になる。惚れた弱みだ。ここで彼女とのつながりを復活させないでいつさせるというのだ。


 望は決意した。


『下僕1号がやってくれるなら、ウチはビキニにするぞ!』


「あ~~ もう~~ わかったよ。やればいいんだろ、やれば」


『最初から勝ち負けが分かってんだから、無駄な抵抗するなよな』


 スマホの向こうの彼女がどんな顔をしているのか、知りたくもあり、しりたくなくもあり。難しいところだ。彼女が望を下僕としか見ていないこともまず間違いないだろう。それでもいい。彼女の力になりたいと望は思う。


「ああ。分かった。やるからにはスクールアイドル同好会、成功させたいね」


『もちろんだ!』


 望は去年の夏に置いてきた写真をとりに行こうと心に決める。


 今年の夏がどんな暑い夏になるのか、今の望では想像することすらできないのだった。

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