第56回「2000文字以内でお題に挑戦!」企画

またお世話になりますm(__)m


『ララ・ライフ』


 太陽の寿命は今、76億年と言われている。太陽はそれを構成している水素やヘリウムが核融合反応を起こして輝いているわけだが、それらが枯渇するのだ。そのため重力のバランスがとれなくなり、太陽は老衰期に至って、巨大な赤色巨星になると言われている。


 その後、矮星化するのだが、地球は赤色巨星になったタイミングで太陽フレアに飲み込まれ、蒸発してしまう。


 更にその前に地球の軌道は内側に入り、太陽自身の熱をより多く受け、10億年後には海が蒸発してしまうらしい。


 それでも、大気が太陽風によって剥ぎ取られるまではもう少し時間がある。


 このお話はそんな遠い未来のお話。




 かつては生命に満ちた地球も、今は表面には何も存在していない。海が蒸発し、温暖化が急速に進行した結果、表面の生物は絶滅したからだ。その後、生き残ったのは地殻層のバクテリアくらいだ。彼らは太陽に飲み込まれて地球が融けるまで存在を続けるだろう。


 しかし、それだけだ。


 生と死に意味はない。時間が経てば地球の環境すら、変わってしまう。全ては移ろい、変わってゆく。それは諸行無常というに相応しい。ちっぽけな生命体でしかなかった人類だが、未来を予測することはできた。そのことに意味はあったのかもしれない。変えることは、できないが。


 では、海が蒸発した後の地球には何が残るだろう。


 気象は存在する。月もまだあるので、隕石が多発することもないだろう。灼熱の中、徐々に大気は太陽風に剥ぎ取られていき、希薄化していく。そう。今の火星のようにだ。火星ほど寒くはないし、金星ほど熱くもならない。そんな世界だ。


 造山活動はある。地殻変動もある。だから、火山の噴火や地震もある。


 しかし数十億年後、ロシュの限界を超えて月が離れ、おそらく太陽系の別の惑星として存在するようになると一変する。


 隕石が増え、マントルの流れが止まり、いよいよバンアレン帯が消滅する。そうなると太陽風が地球の大気を剥ぎ取る作業が本格化する。そのうち、地球には大気がなくなってしまうだろう。


 それでも大気がある限り、風があり、音が存在する。


 遙か遠い昔、海洋浸食によってできた洞窟があった。


 人類が存在していた時代には、海の中にあり、全く知られていなかった洞窟だ。


 海が蒸発し、砂に埋もれていたはずのその存在が露わになった頃、誰も名付けるものはないが――もし知的生命体がこの死にかけた星を訪れたのなら、その洞窟は「歌う洞窟」と名付けられただろう。


 どんな偶然か、風が吹きすさぶとき、洞窟の内部共鳴で、ある音を出したからだ。


『ラララ』


 と。


 それは人類が『ラ』と名付けた音階に酷似していた。


 風で削られるため、そう何万年も歌えるはずがないのに、どんな奇跡か、洞窟は何億年も歌い続けた。


 造山活動も地殻変動もないが故ではある。しかし、奇跡だった。


 洞窟は歌い続ける。


 その歌に意味はない。


 しかし地球に大気が存在する限り、そして自転して風が生じる限り、洞窟は歌い続ける。


 それでも最後の時がやってくる。


 極めて強大な太陽嵐が生じ、無数のプラズマが地球を襲い、大気を剥ぎ取る瞬間だ。


 その瞬間も、洞窟は歌っていた。


 その最後、洞窟はいつもと違う歌を歌った。


『ララ・ライフ』


と。


 大気圧が消えたその瞬間、数億年同じ音だったのが、違う音に変化したのだ。


 地球で最も長く歌われた歌の最後の歌詞は『ライフ』だった。


 それはかつて地球上に満ちていた数多の生命への鎮魂歌レクイエムだったのかも、しれない。

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