「お題『幽霊ラジオ』」

 僕はラジオが好きだ。


 防災セットに入っていた携帯ラジオを見つけ、これは何だろうと思って、聞き始めたのが最初だ。米軍放送やNHK第二のよくわからない講座系も面白かったし、音楽番組で自分の知らない音楽に出会うのも楽しかったし、耳慣れればクラシックも面白く思えるようになった。


 アプリで聞くこともあるのだが、頻度は低い。時報が鳴らないのに違和感を覚えてしまったからだ。要するにあまり性に合わなかったわけだ。


 感度を求めて最初はSONYの昔のラジオをネットオークションなどで手に入れ、携帯ラジオとの差に感動したのだが、今、使っているのは中国製のデジタル・シグナル・プロセッサDSPラジオだ。中国ではラジオという媒体が今も根強く、ハードとしてのラジオも未だに進化を続けているから、とても性能がいい。衰退期にある日本のラジオとは違うのだ。


 さて、本題に入ろう。僕がそのDSPラジオを使って遠方のラジオ局の電波を拾おうとベランダでチューニングしていたときのことだ。電波が飛ぶのは夜。その日は9時過ぎに始めた。僕はボタンを圧して周波数を(デジタルなのでできるのだが)1つ1つずらしていく。上手くいくと僕が住んでいるところから80キロも離れているコミュニティFMを聞くことができるくらい高感度だ。なので月に1度くらい、こんな遊びをして楽しんでいる。


 さて、そして今回は上手くいき、今まで聞こえてきたことのない周波数帯から音楽が流れてくるのがわかり、僕はおお、と膝を叩いた。


 音楽はアニソンっぽかった。どこかのコミュニティFM局が入ったのかな、と最初は思った。コミュニティFM局はアニソン番組が意外に多いからだ。しばらく聞き、恋の歌だとわかり、僕は聞き入った。切ない片思いの曲だった。


『なーんて。お送りしたのは坂本瑠璃の「いつまでも君だけを」でした。今の私の気持ちが、なんだか、ぜんぶ詰まってる気がして、毎日聞いています』


 やっぱりアニソンだった。いや、声優ソングか。


『みなさんは恋をしていますか? わたしは、絶賛片思い中です。あ、それは、この曲を聴いてくださったら、分かりますよね。へへへ。えーっと、何を言おうかな。こんなミニFM曲なんて、誰も聞いていないだろうから、言っちゃおうかな~~』


 いや、僕が聞いているんだが。


『わたしが通っている学校の、同じクラスの~~ きゃー 言っちゃう~~ 四月朔日わたぬき満月くん!』


 聞いてはいけないものを聞いてしまった。僕はマジで狼狽した。こんなに狼狽することがこの人生で起きるのかと思うくらい、狼狽した。


 四月朔日満月。それは僕の名前だからだ。


 ミニFM曲が聞ける範囲はこの高感度DSPラジオであってもせいぜい半径200メートル。つまりミニFMをやっている女の子はご近所さんだ。そして同じ高校に通っているご近所さんは他にもいるが、同じクラスの女子は1人しかいない。


 美鶴さんか――?


 佐々木美鶴。彼女の笑顔が浮かぶ。中学は学区が違ったので面識はなかったが、高校で一緒になり、ご近所とわかり、一緒に帰ることもある仲良しさんだ。彼女は快活で友達も多く、誰にでも分け隔て無く接しているので、変に誤解をされてか、何度も告白されたモテ女子だ。かくいう僕も近所だから帰ろうよと何度も誘われ、断ることなく一緒に帰ってしまうので、自分に嘘をつかなければ、やっぱり彼女のことを好きだった。


 そう思って聞くとラジオの声は美鶴さんの声だ。


 両思いなのかなあ……


 僕のどこを好きになったのかさっぱり分からないが、本当に美鶴さんだとすれば、これほど嬉しいことはない。


『じゃあ、次の曲行くね。次は「ロマンス街道爆進中!」』


 僕は元気なラジオの声を聞きながら、明日、それとなく探りを入れてみよう、と思った。



 美鶴さんと僕は両方自転車通学なので、ルートも時間もよく知っている。ただ僕の方が早く出ることが多いので、あまり朝の遭遇はない。しかし今日は遭遇したくて、出る時間は同じだが、わざとゆっくり走ってみた。すると案の定、後ろから声を掛けられた。


「おーい、四月朔日くん! どうした? 元気ないな! しっかりしろ!」


 そして追い抜きざまにバンと背中を叩いていった。


「痛いよ! 佐々木さん!」


「お、元気出た?」


 笑顔で美鶴さんは僕を振り返った。


 並走は危ないので僕が彼女の自転車の直後につくカタチで会話が続く。


「佐々木さんは声優ソングとか聞く?」


「いや。知り合いが聞くけど。誰?」


「坂本瑠璃」


「最近有名な子だよね……へえ。どうしてそんなこと、私に言うわけ?」


 よく聞かなくてもやっぱり昨夜のラジオの声だと僕は思う。


「昨日、ラジオのチューニングをしてたら聞こえてきたから」


 いきなり核心を話してしまった。これでいいのか分からないが、本人が一応否定したわけで、次のステップに映らざるを得なかったからだ。


「ふーん。で、どうしてそれをわたしに言うの?」


「DJが佐々木さんの声に聞こえたから。ミニFM局って海賊放送局なら可能だしさ。佐々木さんの家が放送局なら、僕の家でも聞こえるしさ」


 佐々木さんは後ろを走る僕を振り返らずに言った。


「それは私じゃない」


 いつもの彼女の声ではなかった。重苦しい、悲痛な感情がこもっていた。


「そっか。ごめん。変なことを聞いて」


 もうこの話題はこれっきりにしようと思う。


 佐々木さんは急に自転車を停め、僕は危うくぶつかりそうになった。


 ギリギリで止まり、危なかったと胸をなで下ろしているとき、彼女は言った。


「それはわたしの知り合い。きっと彼女は四月朔日くんに会いたいって言うと思う。だけど、会って貰うまで少し時間が必要なんだ」


 僕はごくりと息をのんだ。


 登校して、教室に行くといつもの美鶴さんになった。


 僕はいつもと同じく、教室では彼女と距離を置いた。


 それにしても、と僕は考える。ラジオの声の主が、本当に彼女の知り合いというのであれば、クラスメイトなんだから当然僕はもう会っているわけで――美鶴さんの言っていたことの意味が僕にはさっぱり分からなかった。




 その夜も、僕は無謀にもミニFM局にチューニングを合わせ、ラジオ放送聞いた。おそらく9時開始だろうと思ったらドンピシャだった。8時半くらいからBGMが流れ始め、9時に番組開始をDJが始めた。


『こんばんわ~~「五月さつきの内緒のラジオ」、今晩も始まるよ~~!』


 DJは五月というらしい。が、美鶴さんのDJネームと言うことも考えられる。僕は心して聞く。


『今晩は、重大な発表をしようと思います! なんとなんと! 昨日、わたしの好きな人の名前をこの電波に乗せて披露しちゃったわけだけど、その当の、四月朔日くんが、このラジオを聞いていたことが判明してしまったのでした!!』


 おおう。思いっきり美鶴さん本人じゃないか。他の誰にも言っていないんだからこれで確定だ。嬉しくて恥ずかしい。恋の心地とはこういうものかと実感する。


『詳しくはオープニング曲いってから! 「恋はマジカル!」。行くよー!』


 この元気さ、美鶴さんに違いない。


 だけどそれならそれで言ってくれてもいいようなものなのに。でも、会えるまで時間がかかるというのは僕の答えを聞きたくないということだろうか。


 『恋はマジカル』が終わり、再びDJになる。


『「恋はマジカル!」 お聞きいただきました。本当にマジカルだよね。恋は。ねえねえ、今夜も四月朔日くんはこの放送を聞いてくれてるかな? 五月は君に恋してるぞ! 君に伝えられるなんて、奇跡だと思うんだ。でも、わたしが出られるのは新月の夜だけなんだ。あと2日、待ってくれるかな?』


 うん????


 ラジオ越しに2度目の告白を受けただけでなく、しかも謎までついてきた。


 あと2日。新月。何の意味があるんだろう。


 僕は翌日、美鶴さんにも聞かず、その夜も五月のDJの番組を聴き、五月が出られるという翌々日の夜を迎えた。


 8時半にBGMの放送が始まり、僕はベランダでじっと9時になるのを待った。そして9時になり、元気な声が聞こえてきた。


『やったあ! 五月の内緒のラジオ、今晩も始まるよ。今晩は新月! だから四月朔日くんにわたしが会いに行ける日。今晩は特別に屋外で移動しながら放送しています~ まずはオープニング曲、行こうか! 』


 屋外だって!?


 僕はベランダから家の外を見ると家の前に美鶴さんが立っているのが見えた。彼女は大きな荷物を背負い、ヘッドセットを着けている。やっぱり美鶴さんだったんじゃにないか。


 僕はラジオを手に、すぐに家の外に出て、美鶴さんの前に立った。


 まだ『恋はマジカル』がラジオから流れていた。


「今晩は、四月朔日くん。初めまして五月です」


「五月――さん。美鶴さんじゃないの?」


「美鶴は私の双子の姉です」


 双子だったのか――ああ。たまに入れ替わってきていたとかそんな感じなのか。だから美鶴さんは自分じゃないって言っていたんだ。


 恋はミラクルが終わり、再びDJタイムになった。


「今、四月朔日くんの家の前に来ています。なんと当の四月朔日くんもいます。初めて会う四月朔日くんは、やっぱりかわいいです」


 初めて会うとかよく分からんな。


「昔から聞いているリスナーのみなさんは、私の設定はよく知っていると思うけど、私、五月は幽霊さんなの。本当のわたしは小さい頃に死んじゃったんだけど、魂は姉に取り憑いて、姉と一緒に成長してきて、今、絶賛青春中なのです! 夜は私の時間なんだけど四月朔日くん、名前が満月で、霊力が強すぎて、幽霊の私では彼の霊力が1番弱くなる新月の夜しか直に会えないの! 悲恋的でしょ?」


 それが設定なのか、幽霊なのが事実なのか、はたまた二重人格なのか。


 美鶴さん――いや、五月さんは僕に熱い眼差しを向けている。


 それは明らかに恋する乙女のそれだ。


 絶対にそうだ。何故ならきっと僕も同じ眼をしているはずだと思うから。


「こんな私だけど、四月朔日くんは私を好きになってくれるでしょうか? いいえ。もう私のことを好きになりかけているかもしれない! なーんてね。じゃあ、次の曲、行きます! 『のんすとっぷらぶりーちゅーにんぐ!』 この曲が終わったら、四月朔日くんの家の前で彼に突撃します!」


 そして五月さんはスマホから音楽を流し始めた。『のんすとっぷらぶりーちゅーにんぐ!』の4分強が、凄く長かった。


 曲が終わり、五月さんはマイクを手にして言った。



「曲が終わったね。そんなわけで、言うよ。四月朔日くん、本当に好きです」


 五月さんは顔を真っ赤にして照れて、頬を掻いて、うつむいて、そして面を上げて、真っ直ぐ僕を見た。


 そっか――もうよく分からない。


 少なくとも美鶴さんの格好をした女の子が、僕のことを好きだということだけは分かった。だからか、何故か自分も分からないが、答えていた。


「僕も、好きです」


 今にして思えば、もうどうにでもなれ、という気持ちだったんだろう。


 こうして刺激的な僕の物語が急に始まった。

 

 しかし物語が始まっても、五月さんの正体が本当に幽霊なのかどうか、僕が知るのはもっともっと先になるのだった。

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