【書いてください】指定の文章で始まる小説
少し長く眠りすぎたようだった。
原子時計の針は2024年を示している。自分が眠りについたのが1962年だから、60年以上を眠っていたことになる。この核シェルターの設備は100年維持できることを前提にした設計だったが、実際にそれだけ保つか分からなかった。放射能の減退、落葉や風雨による浸食などの自然現象による放射性物質の掩蔽、核の冬からの天候回復などの諸条件を考えると長くて30年間寝ていれば良かったのだ。しかし、冷凍睡眠から元に戻れなくなる可能性も2割以上あったのだから、無事、解凍・覚醒できたことを喜ばなければならない。
シェルターの電気は原子力電池を用いているので、今も明かりが点灯する。ただし60年以上メンテナンスされていないので、半分以上の蛍光灯が切れている。それでも明るいのだ。この核シェルターを作った同僚たちに感謝だ。
ここはオーストリア・ザルツブルグ。かつてナチス第三帝国の時代には広大な岩塩坑道を利用して秘密基地が設けられていた。その秘密基地の一角で、オカルトに傾倒したヒトラーの命令で、冷凍睡眠技術の開発が進んでいた。私が眠りにつく20年近く前である。ナチスドイツの敗北後、秘密研究所は封印され、連合軍に見つかることなく研究設備は数年を経過し、冷戦が始まった。冷戦の中、さまざまな核戦争への備えが唱えられ、かつて封印されたこの冷凍睡眠技術を知った、とある財閥が研究を完成させ、それに伴って最新型の核シェルターを建造したのが1960年のこと。財閥のお偉いさん用だったと聞く。
私はこの冷凍睡眠技術を完成させたかつてナチスドイツで研究していた人間である。強制収容所や戦争犯罪に関わっていなければ、連合軍はドイツ人の技術者を手放しで歓迎した。そうして私は再び冷凍睡眠の研究に従事できたのである。
しかし転機が起きたのは1962年。キューバで米ソの一触即発の事態が発生したのである。ソ連はアメリカを射程圏に収めるミサイルを友好国であるキューバに持ち込もうとしたのだった。
財閥のシンクタンクはこの危機による核戦争の発生を90%と算定した。私はその数字を聞き、恐怖に駆られた。そして自ら核シェルターに入り、勝手に冷凍睡眠装置を使って眠りについたのだ。核シェルターは中から閉めると外からは開かない構造だ。誰にも邪魔されることなく、冷凍睡眠に入り、こうして60年以上経過した2024年に目覚めたのだった。
外の世界がどうなっているのか、分からない。センサーがあったはずだが、どのセンサーも死んでいた。それはそうだ。60年も経過しているのだ。しかしこれだけの時間が経っているのであれば、核戦争の影響はかなり減っているはずだった。
私は核シェルターの三重にしてある重い扉を開け、岩塩の坑道に出た。
真っ暗だ。私は懐中電灯を手に、記憶を頼りに坑道を進んだ。少し進んだだけで、ぼんやりと明かりが点っている主坑道に出た。私の記憶よりも整備されており、ところどころ、注意看板などがある。どうやら観光地化されているらしい。うん。人類は核戦争の影響を乗り越え、かなり文明を復興させているとみた。
私は軽い気分で歩き続け、外に出る。
眩しい日差しに私は目を細め、岩塩鉱山の麓にある街を眺めた。
動くものはなかった。
道路に車は走っておらず、人が動いているような様子もない。荒れ果てた様子はない。ついこの前まで、活きて、人が暮らしていたような様子だった。
出入り口には観光化された証拠にゲートがあり、詰め所らしいものもあった。詰め所の鍵は掛けられておらず、扉は開けられた。中には新聞が置かれていた。
2021年の日付の新聞だ。
新型ウイルスの蔓延で、都市が閉鎖されるという記事が1面を飾っていた。そしてどうやらその新型ウイルスは空気感染するように進化を遂げたらしいとの科学者の解説が載っていた。
なんということだろう。
私は街まで降り、人を探した。しかし、見つけられたのは屋内のベッドの中で白骨化した遺体の数々だけだった。車は路肩に放置され、雑草が生え、石畳を侵食している。
もうこの世界に人は誰も生きていないのかもしれない。
私は1962年以降の歴史を求めて、書店に入った。書店の中にある、現代知識辞典なるものをめくり、1962年、キューバ危機と呼ばれる核戦争の危機が回避され、普通に歴史が進み、冷戦は終わっていたことを知った。その後、環境破壊だ、地球温暖化で文明が崩壊するだの言われていたようだが、結局この新型ウイルスが蔓延し、人類は滅んだのだろう。
空には鳥が、街路の様々なところに野生動物の姿が見えたから、ウイルスはヒトーヒト感染だったのだろう。ヒトがいなくなった以上、そのウイルスを維持する宿主がいなくなったわけで、もうそのウイルスは消滅していると考えるのが自然だった。
私は呆然と、文字通り人っ子1人いない街中で呆然と立ち尽くした。核戦争はなく、別の原因で人類は滅び、もう誰もいないのだ。
希望を求めて生き残りを探すか、その辺で拳銃を手に入れて自ら命を絶つか。核戦争よりも生き残りがいる確率は遙かに低いだろう。絶望的だ。
どうやら私は少し長く眠りすぎたようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます