とりあえずの人生

雨蛙/あまかわず

とりあえずの人生

僕は生まれてからこれといった目標がなかった。


将来なりたい職業、残したい功績、極めたい趣味、


やりたいことなんか特になかった。


だから、とりあえず高校に行き、とりあえず大学に行き、とりあえず会社に就職した。


そしたらいつの間にか結婚して子どもも生まれてその子どもも立派に成長して落ち着いた生活をしていた。


そして気がついたら…




わし、御年80歳なんじゃが⁉


え、もう人生終わるけど。わしなんかやったか?


なにも人生楽しんでおらんけどわしはいったい何をして生きてきたんじゃ!


世の中にはこんなにできることがあるというのに。


このままじゃ納得がいかん。今からでも遅くない。何かできることを考えなければ。


何をしようかのう…


やっぱり男と言ったらムキムキな体じゃ。ムキムキなおじいちゃんなんてかっこいいじゃろ。


早速やってみよう。まずは準備運動からじゃ。


軽く屈伸をしてみよう。


ボキボキボキッ!


「あいたたたっ!腰がっ!」


やはり老体には堪えるか。


さすがに無理があるな。ほかのことを考えるか。


何がいいかのう…


料理とかしてみようかのう。ちょうどお昼時じゃ、冷蔵庫にあるもので何か作ってみよう。


何が作れそうかのう…チャーハンとかいけそうじゃな。



まずは具材を木っ端みじんにする。


続いてフライパンに油を引いて熱する。


温まったところに卵を入れる。


ありゃ、殻が入ってしもうた。箸でとれば大丈夫じゃろ。


…なかなか取れんな。しつこいやつめ。


…よし、取れた。これで卵をかき混ぜる。


なんか黄色い部分と白い部分で別れとるな。まあいいか。


後は具材とご飯を入れてかき混ぜる。


大体炒めたしこんなもんじゃろ。完成じゃ!


早速ひとくち…うん、うまくないな。


味が薄いし、全然パラパラじゃない。何がいけなかったんじゃ?


もう料理を作るのはなしじゃ。ほかにやることないかの…


「おや、じいさん何やってるんですか?」


「ああ、ばあさん。自分で昼飯作ってみたんじゃがうまくいかんくてな」


「あら、言ってくれれば私が作ったのに」


「いや、ただ昼飯を作りたかったわけじゃないのじゃ」


わしは琴の顛末をばあさんに話した。


「ということでわしの人生に何か残したいのじゃ」


「そうですか。でしたら私と散歩にでも行きませんか?」


「話を聞いておったか?散歩なんてなんにもならんぞ」


「いいじゃないですか。行ってみましょうよ」


ばあさんがやけに散歩を推してくるからしぶしぶ承諾した。




「いつ見てもきれいですね」


わしたちは近くにある土手を歩いてみることにした。


「子どもがいたころはよく歩いたな」


「ええ、何十回何百回と通った道です」


「それがどうした」


「何の変哲もない日常でした。でもそれがよかったんです」


「何を言っておる」


「あなたは約束してくれました。死ぬまで私をそばで守り続けると。私が家事や子育てでうまくいかなかったときも、けがや病気で寝込んだ時も、あなたは約束通り私を助けてくれました。おかげでこの年になってもこんな風にあなたの隣で歩くことができています。あなたは私に幸せな時間を、人生をくれたのです」


「…そうか」


当たり前のことですっかり忘れておった。


わしは人生何が正解かわからず、とりあえずこうしておこうと自分なりの正解を探していた。


そんなわしでもとりあえずでは決めていないこと。


今こうして隣を歩かせる女性。とりあえずという生半可な気持ちで決めたくなかった。


わしはこの人と共に歩みたい、一生を共にしたい。そのためならなんだってする。


その気持ちが“とりあえず”から“この人のために”という考えに変わっていったんじゃ。


この人のために働いて、この人のために手伝って、この人のために生きてきたんじゃ。


わしはいつの間にか大義を成し遂げておったんじゃ。


「ばあさん、いつもありがとう。愛しとるよ」


「ええ、私も」


わしはばあさんの手を取り、決して離さず家まで帰った。

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とりあえずの人生 雨蛙/あまかわず @amakawazu1182

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