ネタバレあり「バッテリー」

著 あさのあつこ


 巧には一言で表せない多彩な面があります。


 時には、レギュラー以外のチームメイトを知っている豪に「すごい」と思いました。時には野球に人への気遣いを持ち込む豪に対して、野球は「ごちゃごちゃした感情はいらない」と思い、「豪に対して本気で不安になってきた」と思いました。

 そのときの状況や人の感情を繊細に感じ取り、巧の心は刻一刻と変わります。


 人はどうでもいいと思っているわりには、人の感情を受けると影響されます。豪の母、節子に豪に野球をやめろと言ってほしいと言われて後々まで嫌な思いをしていました。

 青波のことを何も分かっていなかった自分を、自分を分かっていない父に重ねてしまったり。


 巧は一見気が強くて傲慢ですが、繊細だと思いました。

 読んだ人によって、巧がどんな人に見えるか、違うかもしれません。

 繊細だと私は思いましたが、弱いとは思いませんでした。巧の強い部分は、そのような繊細さを持ち合わせながらも(本人は自分の繊細さに気づいていない)、自分を律しているところだと思います。


 だからこそ、終盤の青波の大切なボールを投げてしまった巧は普段と違います。その時の巧は、自分以外のたくさんの感情を浴びて、ごちゃごちゃになっていました。そして、池に落ちた際に豪に助けられて「自分で自分をどうにもできな」くなり、泣きます。自分をコントロールできないと認めたのは巧の成長だと思います。


 巧は豪にどんな言葉なら気持ちを伝えられるかを考えます。人とコミュニケーションを取りたいと望んだという巧の成長です。


 私は文庫版を読んだのですが、あとがきによると、この物語は単なる成長物語ではないそうです。ですがこれらの部分は巧が成長したと言ってもいいのではないでしょうか。

 成長と言うより、変化かもしれませんね。新しい出会いによって、今までの巧から変わったのです。


 ラストで、皆で江藤を見送りにいきます。

 江藤も本当は野球をしたいという思いを汲み取る豪は本当に優しいし、人を気遣える人だと思います。

 本当に、豪はいいやつすぎます! この後のお話で彼も変わってしまうのですが……。


 江藤も本当は野球をやりたかったというのは読者にも伝わってきます。巧と野球をした際に、ヘッドスライディングをしたところで、この子も本当は野球を好きなんだなと思いました。

 塾に行かせるためにポケベルまで持たせた江藤のお母さんが、優しそうな印象の人だというのが怖いですよね……。


 江藤にも、巧との出会いは思い出になったのではないでしょうか。たとえ江藤が二度と野球をやらなくても。


 皆で電車を見送るラストシーンは、風景の描写もあいまってとても爽やかでした。巧の豪の物語が始まる! といった感じです。

 二巻は暗いですけどね……。


 とても読みやすく、巧の心がいきいきと書かれた小説です。

 野球を全く知らなくても大丈夫です。野球シーンがメインではありません。

 児童書ですが、年齢を問わずおすすめです!

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