第31話 愛「……? いつも通りですが?」
「ではお客様、施術の前に一つお伺いするベが」
「あー、それっぽい感じですねぇ」
一つや二つ聞いておかなければいけない部分があるそうですが、私は専門家ではないので……。
「ブラは何カップですか?」
「あー、それは関係のない部分ですねー」
私利私欲にまみれた質問は基本的にはシャットアウトです。
もちろん相手が本気で知りたいのなら、恥ずかしながら告白する次第ですが、悠ちゃんの口ぶりからして冗談交じりなのは明白です。
彼女は何も応じず「ではマッサージに入るベ」と宣言してから、耳元の付け根あたりを指で押していきます。
なんとなく両肩のあたりに引っ張られる感触……それも、お皿に張り付いてとれないお餅のようなしつこさが、自分が肩こりしていると実感させる。
「肩こりの理由に何が思い当たる節があるべか?」
「重いものを肩にかけたり、家事の時には同じ姿勢であっちこっち行ってるからですかね」
「胸が大きいからだベ」とバッサリいかれたら泣いちゃいます。
大きくして欲しいと流れ星に3回願ったわけでもないのに、不便さをこれからも携えなければいけないとはなかなかに理不尽。
や、身長とか体重とか筋肉のつき具合とか体質とか肉体の不調とか、身体に関することは自分のモノなのに上手いこと行かなすぎですけどね? むしろ身体を自由にしていると考えることが思い上がりなのかもしれませんね?
「気苦労のせいだべな」
「……」
「どうしたって、柊はいろんな人に気をつかってしまって、どうにかしようと頑張ってしまうからこうなる」
首元から肩の辺りや肩甲骨の上の部分を指で押しながら、深刻な問題を口にする解説者のように重い感じで言葉が走る。
気苦労というとまるで周囲に責任があるようなので、私としては否定をしておきたいところですが、違うと言える材料を自分は持ち合わせていません。
なお、悠ちゃんは真面目に話すときにはいつもの可愛らしい口調ではなく、こちらが聞き取りやすいように標準語を用いてくれます。
だから彼女が心からの指摘をしてくれているのだと体感的に分かるのです。
「ま、こうしてわだすが柊の身体を自由にできるんだから役得だべ」
「肩こりに関するところだけですからね!?」
悠ちゃんの技術は全身をくまなくマッサージされたいレベルですが、では遠慮なくでまさぐられてしまうと施術後に女の子がしてはいけない表情になってそうで不安です。
コリをほぐされるというのは、がんじがらめになった結び目を一本の糸に戻しているかのようで、もっと例えるなら拘束された女騎士さんの両手両足にはめられた枷が外されたみたいな。
「あー、すっごい気持ちいいです……」
「わだすには詳しいことは分からんけど、とろけたチーズみたいになってる柊は可愛いね」
「元に戻れるだけは不安ですー、あー、んー」
最初はピンと椅子に座っているのですが、だんだん姿勢を保てなくなってしまうのが難点です。
このマッサージのトリコになっている初ちゃんは、部室にベッドが欲しいと言って先生に説教されていました――や、部活動の評判の底上げに尽力しているんだからそれくらい許されそうなんですけどね?
「すごいお金持ちの方がいたら……部室にウォーターベッド用意して欲しいですぅ……」
「この部室に入り浸っちゃうべ」
もちろん友人価格などではなく、悠ちゃんにも報酬は支払います。なんならそのためにアルバイトだってしようと思います。
土日フルタイムと平日3~4時間でどれほどまかなえるかは不明ですが……。
ただ、そのために家事がおろそかになって、果てには学業に悪影響を及ぼしそうなのが難点ですね……私の身体が10個くらいあったら一つくらいアルバイト専用になって欲しいです――
「ひゃぁん!?」
「相変わらず脇のあたりは感度3000倍で……おっとよだれが」
リンパの流れとか、ホルモンバランスとかはよく分かりませんが、肩甲骨をなでるようにされてからあばら骨のあたりをほぐされると、痛いんですけど、痛いんですけどすごく声が上がってしまうんです。
鎖骨のあたりから胸部の上の方をすっすと揉まれながら指を這わされると、やっぱり痛いんですけど、腰のあたりがふわふわ浮いてしまうんですよね、一回こらえきれなくなったって言って太もものあたりをなでられましたが今回は大丈夫なようです。
「お客様気持ちいいですか?」
「はい、とっても」
「もっと気持ちよくなってください、快楽に身をゆだねて~」
「方向性が違いますが~あ~っ!」
下世話な言葉で表現するともみしだくというのが適当かと思いますが、や、もちろん胸をそうされたら怒りますが、彼女が丁寧にこりをほぐしているのは……そうですね、高い高いをするときに手を通す部分です。
脇の下から肩の辺りにつながる部分をくすぐりよりもいくばくか強い感じで、丁寧かつ熱心に、郷土料理のひっつみを作るように……こうなるともうちからは完全に抜けて、椅子に背中を預けているだけで、お尻が座面からずり落ちてしまいそうです。
「これ、新入部員とかに見られたら完全に事後だべな」
「腰が砕けて否定できないので悠ちゃん頑張って……」
運動系の部活と違って文化系の部活はほとんど勧誘に行かないし、興味本位で覗く人もまれな奥にある部室ですからね。
強いて言えばこれから来るという愛さんがご友人でも連れてこない限りは
「謝罪:遅れてきて申し訳ありませんが、その分の価値があるかと存じます」
「……」
開いたドアから顔を見せたのはいつも通りにクールで背筋を伸ばしたりりしい姿の愛ちゃんと、顔を真っ赤にしてうつむいている村雲さんでした。
あ、これ絶対に誤解されてますね? 悠……ちゃんは村雲さんを苦手と言っていましたから無理をさせたくありません……愛ちゃん、愛ちゃんどうか。
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