第5話 覇王登場!

 私は仲が良いと思っていますが、その相手からもはたまた周囲からも「友達」とは言えないと否定されているので……どういう関係かを指し示す単語がなかなか見つかりません。


 ともあれ昼休みの食事終わりに「ちょっと出かけてきますね」と、その方の元へと行くのを告げると初ちゃんは眉をひそめてからしかめっ面を一つ。


「いってらっしゃい」


 初ちゃんとその人……まるで赤の他人のように思えるのでフルネームを出してしまいますが、星崎悠ちゃんとの関係は水と油。


 私も「貴公とは友人になり得ぬ」と言われているので相容れないのかもしれません……顔を合わせに行っても拒否はされませんし、むしろ行かないとメッセージアプリにおいて長文が投下されるので、これから恋人の練習とかでお相手できないともなれば、えらいことになりそうだとの予感があるのです。


 そのため初ちゃんも引きつった笑みを浮かべながら、いってらっしゃいと見送ってくれたのでしょう――彼女は自称邪眼の持ち主ですから、呪いをかけられる心配もあったのかもしれません。


 昼休みなのでザワザワと騒がしいですが、休息の時間まで規律正しくては喉が渇いて仕方ない。

 授業中の背筋を伸ばしたピリッとする雰囲気はどうにも苦手……と言ったら「得意な人間なんていないわよ」と初ちゃんに言われました。


 悠ちゃんは進級ギリギリレベルの出席日数でありながら、定期テストでは上位の常連であり、運動もやる気さえ出せば柔軟にこなせるという超人です。


 協調性がまるで皆無なのと、独特な口調から距離を取られることもしばしばありますが、根は真面目で心優しい人です――それを気取るには若干の難しさがあるのがなんとも言えないところ。


 部室棟の一番端、ネームプレートにはちっちゃな文字でライトノベル研究室と書かれており、中を覗く窓にはカーテンが掛けられて内部は伺えない。

 ノックを三回すると「入るが良い」と仰々しい物言いをしたキーが高めの子どもっぽい声が耳に届く。


「ククク……ようこそ余の部室へ。貴公はどんな迷いを持って足を踏み入れたのかな?」

「あ、それはそれとしてですね、まずはこちらを味見して頂けると」

「それはそれってなんだす……」


 悩み事と言うべきか、それとも相談と言うべきか、ともかく話を聞いて貰うんだから、相応の贈り物はなされるべきだと思います。

 普段はもう少し尊大な口調に乗っかるんですけど、今日は早めに本題に入りたかったので……。


 学業に必須でないものは持ち込むべきではありませんが、お昼休みに食べればすなわちお昼ご飯ですよねの法則で甘いものを持参しています――用途は悠ちゃんや初ちゃんのご機嫌伺いです。


「うむ……貢ぎ物が上物だったので非礼は許そう」

「ありがたき幸せでございます」

「して、貴公の迷いは何かな? 余の気分が良いので特別に答えてやろう」

「恋愛相談でございまして」

「ごほっ!?」


 んまんまとラングドシャを堪能しつつ、購買でも一番に甘いというマックスコーヒーを飲んでいる最中に「恋愛」と言ったら悠ちゃんはメッチャ咽せた。


 背中をさすりながら「大丈夫ですよ~」「落ち着いて~」と呪文のように唱えると、けほけほ言っていた彼女が安心したように目を閉じ……


「うむ。貴公も年頃の乙女だ。そのような雑事に熱心になるのもまた当然と言えよう……(あれー? おっかしいなぁ、アレだけ運命とかソウルメイトとか繰り返したのにわだすの想いば伝わっとらんけ?)」


 当然の後の台詞はあまりにモニョモニョしていたので聞こえなかったけど、私が言葉足らずだったので恋愛をしているのが自分になっている。


 恥ずかしいことを聞いたと言わんばかりの赤らめた頬と、大きな瞳の泳ぎっぷりがなんとも可愛らしいけれども……そこを指摘してしまうとさすがに機嫌を損ねてしまいそうなので。


「いえ、実はこんなことがありましてね? あ、口外はしないでいただきたいんですが……」


 信頼していますので、と重ねて告げると悠ちゃんは酸っぱいものでも食べたみたいに口をむにむに動かして同意を示してくれる。


 私の幼なじみに好きな人ができたという点、それ以外の情報はまったくない点、そしてお付き合いの練習をするという点をお時間が限られているので端的に説明をしました。


「ふむ……柊は一つ見落としている点があるぞ」

「さすがは覇王様! 類い稀な頭脳に高潔な態度、そして何よりその美しさに憧れます!」


 もっと褒めて褒めてと言わんばかりに頭を差し出されたので「それでは失礼して」と頭を撫でると、じんわりと熱を持った頭皮と髪の毛の感触が手に伝わった。


「それは貴公も初も恋愛初心者だ!」

「……たしかに!」


 例えば運動系でも文化系の部活でもどちらでも良いんですが、基本的に上達するためには「実力者」が指導に当たらねばなりません。


 もちろんハウツー本を片手にああでもないこうでもないと言いながら練習をしても良いのですが、生憎と恋愛対象は受験生で高校を卒業してしまえば距離が離れる可能性が大いにあります。


 短時間で成果を出さねばとのアドバイスはさすがは悠ちゃんと言ったところです。


「ククク……自慢ではないが私は恋愛にかけては百戦錬磨と言って過言ではない(んまぁ、ゲームどかラノベとかで擬似的に恋愛しているっちゅー話なんだべな)」

「おお……!」


 なんか私に聞こえない音量で語っている点については気になりますが。


「そこで、余が恋愛の上達のために一肌脱いでやろうじゃないか……もちろん。初には隠れてな」

「それはまたどうして」

「余のアドバイスで恋愛成就したとなっても彼女は喜んだりはしない。あくまで柊の助力で事を成すのが大事だ」


 言われてみれば初ちゃんと悠ちゃんの関係はあまり芳しくない。それどころかしゃしゃり出てくるなと言われかねない……たしかに善意の押しつけならば断られてもしょうがないけど、悠ちゃんの話は実を伴っている。不自然な点は伺えない。


「ククク……(恋愛の練習とか嘘ついてくっつこうとしても無駄だべ。初は成就せざるを得ない運命にある……しなければ柊の顔に泥を塗る結果になるし)」

「覇王様?」

「そろそろ昼休みも終わるぞ、余は寝る」


 話は終わりだと言わんばかりに目を閉じて瞑想状態に入られたので、失礼しますねと一言言ってそそくさと部室から抜け出す。


 帰ってきた私に初ちゃんが「なんか機嫌が良さそうね」と尋ねてくるので


「はい、初ちゃんのためになれるのが嬉しくって」

「そ、そう」


 仔細はもちろん打ち明けられませんが、これはもしかして抜群にいいことができたのではと考える次第です。

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