Defective friend~赤い髪の生きた兵器で出来損ないの同級生~

宮川やすあき

01 赤い髪の同級生

ドォンッ!


(わたし、死んじゃったのかな……)


 一ノ瀬真依いちのせまいは数瞬前に起きた光景を思い出す。

 登校中に道路を横断しようとしていた真依へ急に小型のトラックが突っ込んできたのだ。

 およそトラックを避けられる状況ではなかった。

 自分は死んだのだと諦めかけていた真依の耳に、あの世のものとは思えない、けたたましい音が鳴り響く。


 ゆっくりと目を開ける真依。

 そこにはアスファルトの地面が広がっていた。

 真依が今しがた渡ろうとしていた小さな交差点であった。

 その交差点の中央辺りで倒れている事に気付く真依。


「……わたし、死んでない……?」


 近くを見渡し道路に落ちていた自分の眼鏡を見つけてかけると、けたたましい音、車のクラクションが鳴る方へ向く。

 信じられない光景がそこにはあった。

 真依と同じブレザーの制服を着た赤いミディアムの髪の少女が、真依へと突っ込んできたトラックを真正面から受け止めていたのである。


「ッッ!?」


 あり得ない光景に息を呑む真依。

 スピードを出したトラックを正面から受け止めてしまうなど人間が行える業ではない。

 ましてや真依の目に映る赤髪の少女の体格では──

 

 と、赤髪の少女の顔が真依の方へ振り向く。

 目と目が合う二人。

 真依は赤髪の少女のことを知っていた。

 同じクラスである真依の同級生であった。

 その少女の名は──


三島みしまかえでさん……?」


 赤髪の少女、三島楓は真依の呟いた言葉を聞いてか聞かないでか、真依から視線を外すとトラックの方へ向き直りフロントガラスを覗き込む。

 

 そこへトラックのクラクションの音を聞きつけて辺りの人々が様子を見るため次第に集まってくる。

 楓は道路に転がっていた自分の鞄を拾い上げると突如として走り出す。


「三島さん!」


 楓は声を掛けた真依の横をすり抜け、交差点の角を曲がる。

 あっという間に楓の姿は見えなくなった。

 楓が過ぎ去った曲がり角を真依はただ呆然と見つめているのだった──


+++++


 その夜。

 真依は自宅で風呂場の湯船の中に体を沈めていた。

 あの後、真依は警察に事故の様子を尋ねられた。

 だが彼女は『何が起きたか、よく覚えていません。 気づいたら目の前でトラックが止まっていました』と、だけ答えた。

 女子高生がスピードを出したトラックを真正面から体一つで受け止めました。 などと答えても納得されるとも思えず、仮に警察が真依の話を受け入れたとしたら楓があの力について問い詰められるのではないかと思い、なんとなくそれを避けたくて、ぼかした答え方をしたのだ。

 そして警察の聴き取りを終えると、念のためということで学校を休み病院で検査を受けに向かった。

 真依を検査してくれた医者によると特に体の異常はなく、強いて言えば転んだときに掌と膝を少し擦りむき、ごく小さな傷を負ったくらいだという。

 突っ込んできたトラックは警察から聞いた話によると、どうやら居眠り運転だったとのことだが事故後のドライバーは怪我らしい怪我もなくピンピンしていたらしい。


「入学早々、酷い目にあったな……」


 真依はトラックのドライバーに一瞬腹を立てたが、頭はすぐに別のことを考え始めた。


「三島、楓さん……」


 あの交差点で起こったことは現実なのだろうか? 

 夢? 幻? 何かの勘違い? 

 いくら考えても腑に落ちる答えは出なかった。


「わたし、死んでないんだよね……三島さんに命を助けられたんだよね……」


 湯船の中から出した両手の掌を見つめると、その手を閉じたり開いたりする。


「明日、三島さんにお礼を言おう」


 楓に感謝の言葉を伝えることを決意すると、真依は湯船を出て自分のセミロングの黒髪と体を洗い風呂場から上がった。


 +++++


 翌日。

 真依はまだ桜が散り切っていない通学路を普段より慎重に進んで学校へ向かっていた。

 昨日のような幸運はもう二度と起きないと思ったからである。

 

 真依が教室に着いたときには、もうすぐホームルームが始まりそうな時間であった。

 席に着いて教科書や筆記用具などを鞄から取り出し机にしまうと、ある人物を探し教室を見渡す。

 その人物はすぐに見つかった。

 非常に目立つ赤い色の髪をしていたからだ。

 三島楓である。

 

 入学初日の生徒達の自己紹介の中で、担任の教師が楓の赤い髪は地毛だと言い添えていた。

 その珍しい色の楓の地毛を教室の同級生達は興味有り気にチラチラと見ていた。

 楓は周りの興味を無視するが如く、広げた文庫本のページを無表情で見つめながら読んでいた。

 どことなく声の掛け難い楓の他人を突っぱねるかのような様子に、真依は早くも昨日の決意が揺らいでしまうのであった。

 真依が楓へ感謝を伝えることを躊躇していると彼女のクラスの担任が教室に入ってきた。


「おーい、席に着け。 ホームルームを始めるぞー」


 担任の言葉を聞いてクラスの生徒達は、それぞれの席へと戻っていく。

 真依は感謝の言葉を伝えることを先延ばしにするよりほかなかった。


 +++++


 教室にチャイムが鳴り響いた。

 昼休みの時間である。

 すぐに席を立ち、机の中へ勉強道具をしまい込んでいる楓のもとへと向かう真依。

 彼女は席を立とうとしていた楓へ声を掛けた。


「あの、三島さん……」

「……何ですか?」


 楓の鋭い視線と低いトーンの言葉に怖気づきそうになる。

 しかし勇気を出して言葉を絞り出す。


「昨日の事のお礼を言いたくて……」


 と、突然楓は無言で真依の手を引いて教室から外へ出た。


 楓に手を引かれ人気のない校舎裏へ連れて来られた真依。

 そこで楓は真依の手を離し体を真依の方へと向けた。


「それで?」


 無愛想に話す楓。

 真依はぎこちなく微笑むと楓へ命を救ってくれたことへの感謝の言葉を伝えようとした。


「えと……わたし、一ノ瀬真依って言います。 昨日は危なかったところを助けてくれて本当に有難うございました」

「……どういたしまして」


 冷たい態度を崩さず短く言い放つ楓。

 真依はなんとか会話を続けようと言葉を探した。

 この気まずい空気を破ろうと焦る真依へ楓が言葉を続ける。


「お願いです。 もう私に構わないで下さい……!」


 それだけ告げると、楓は真依を一瞥することもなく彼女の前から立ち去った──


 +++++


 校舎の外から男子達の掛け声が聞こえてくる。

 ランニング中の野球部だろうか? 

 放課後の教室で真依は勉強道具を鞄に入れ帰り支度を整えていた。

 彼女は昼休みの楓とのやり取りを思い出す。


『お願いです。 もう私に構わないで下さい……!』


 真依を突き放す様子だった楓。

 しかし真依は不思議と楓に不機嫌になることはなかった。


(三島さん、何か辛そうな様な必死な様な感じだったな……)

 

 教室を後にして昇降口から校舎の外へと出る真依。

 日が傾きつつある空を鳥の黒い影がどこかへと飛んでいく。

 真依はいつもと違う道を通って家へ帰ることにした。

 あの事故にあった交差点からなんとなく遠ざかりたかったためであった。

 

 下校中、真依は思わぬ場面に遭遇した。

 住宅街の細い道の途中に、なにやら、とても慌てふためいている様子の楓がそこにいたからである。

 楓をそうさせている原因は直ぐに分かった。

 小さな男の子が楓の制服のスカートを力一杯握りしめ、泣きじゃくっていたからだった。

 昼休みに真依へ冷たい視線と態度をとっていた者とはまるで同一人物に見えなかった。

 楓は男の子へ何とか話かけようと、あの……えっと……と、必死に言葉を探している様子だった。

 そんな楓に助け船を出そうと真依は二人へと近づいて行った。


「ッ! 一ノ瀬さん!?」


 真依に気付き、驚きながら彼女の名を呼ぶ楓。

 その言葉に応えるように真依は楓へ微笑んだ。

 そして腰を落として屈むと男の子へと声を掛ける。


「どうしたの? 何かあったの?」


 優しい口調で話し掛ける真依。

 はい、どーぞ、と小袋に包まれたチョコレートを鞄から取り出すと男の子へ渡した。

 それを受け取った男の子はしゃくりあげながら途切れ途切れに真依に話し始めた。


「おかっ、お母さんが、いなくて、おっ、お家帰れっ、なくてっ」

「そっかぁ、迷子になっちゃたんだ……ん?」


 真依は男の子の服についていた名札を見つける。

 そこには男の子が住んでいるであろうアパートの住所が書かれていた。


「ここ知ってます!」


 楓の方を向き名札に書かれている住所に心当たりがあることを興奮気味に伝える真依。


「お姉ちゃんがお家まで送ってあげるね」


 真依は男の子の頭を撫でながらそう言うと腰を上げ男の子と手を繋いだ──


 +++++


「ありがとうお姉ちゃん達、バイバイ!」


 すっかり笑顔になった男の子が真依と楓に元気に手を振って別れの挨拶をする。

 隣で男の子の母親も深々と感謝のお辞儀をして真依達二人を見送った。

 

 あの後、入り組んだ住宅街に少し迷いつつも男の子のアパートへ辿り着き、真依と楓は母親の元へ無事、男の子送り届けることが出来たのだった。


「一ノ瀬さん、本当に有難うございました……私一人ではどうすることもできませんでした……」


 困っていた自分に助け船を出してくれた真衣へ素直な感謝の気持ちを伝える楓。


「気にしないでください! それどころかこっちは命を救ってもらってるんですから!」


 楓の感謝に微笑みながら言葉を返す真依。

 しかし、楓は暗い表情を浮かべていた。

 楓の何か思い悩む様な顔つきに真依はどうしたんですか? と、問いかけた。


「今日の昼休み、私は貴方にあんな冷たい態度とってしまいました。 それなのに貴方は……」

「正直驚きましたけれどね。 別に怒ったりはしていませんよ」


 すまなそうに話す楓に優しく応える真依。

 彼女は言葉を続ける。


「でも私に対して感謝や申し訳無さを感じてるなら一つお願いがあるんですけど……」

「……何でしょう?」

「今から一緒に帰りませんか?」


 真依が学校を出たときから日はさらに落ち、山の陰に沈もうとしていた太陽が強く輝いていた──


 +++++


 肩を並べて広がる田畑の中を通るアスファルトで舗装された道路を歩く真依と楓。

 真依は楓に色々なことを話し掛けたが、楓から返ってくるのは殆ど短い相槌ばかりであった。


「それでですね、何か昨日のお礼をお返したいんですけど三島さんは甘いお菓子は好きで──」

「一ノ瀬さん。 私に聞きたいことがあるんじゃないですか?」


 大きな工事現場の横へ差し掛かったところで楓は真依の言葉に割って入った。

 真依に真剣な視線を向ける楓。

 彼女の視線を受け止め真依は楓に気持ちを伝える。


「正直色々聞きたいことはあります。 でもどうやって走ってきたトラックを正面から受け止めたんだ? なんてことを根掘り葉掘り聞かれるのなんて気持ちの良いものじゃないでしょう? 

 私なんて母親から学校での勉強の事とかをあれこれ聞かれることすらちょっと嫌ですもん。 だから──」

 

 その瞬間、日没した空の闇を横切るように紫の稲妻が走り、二人の近くにあった土砂を運ぶためのブルドーザーのような重機に直撃する。

 誰も乗っていないその重機は叫び声のようなものを上げ独りでに動き出し始める。

 ルォオオオオオオオ!!!!

 動き出した重機は二人に向かって突進してきた。

 呆然としていた真依を抱え転がるように重機の体当たりを避ける楓。


「キャアアアッ!!」


 突然の状況に悲鳴を上げる真依。

 重機は二人の横を風を巻いて通り過ぎ離れたところで止まる。


「なんでイルフが……まさか暴走!?」


 呟く楓の声を耳にする真依。

 イルフ。

 真依もテレビやネットでよく見聞きする単語である。

 だが、そんなことを考えている暇はなかった。

 重機は旋回し二人の方へと向き直り、再び唸りを上げて突っ込んでくる。

 重機と真依との間に楓は立ちはだかり腰を落として構えを取る。

 更にスピードを上げ突進してくる重機。

 ルォオオオオオオオ!!!!

 だが楓は一歩も退かない。


「三島さんっ!!」


 真依が楓の名を叫ぶ。

 楓を跳ね飛ばさんと猛スピードで重機は迫り──

 ガァンッ!

 驚くことに楓は猛スピードで突進してきた重機を数メートル押し出されながらも真正面から受け止めていた。


「ゥウウウウ……!」


 唸るような声を上げ渾身の力を振り絞り踏ん張る楓。

 だが彼女の体は重機の力に徐々に押し込まれていく。

 ルォオオオオオオオ!!!!


「一ノ瀬さん! 逃げて!!」


 背後で膝を付き倒れ込んでいる真依へ向けて叫ぶ楓。

 だが、


「ッッ!」


 先程、重機の突進を避けたときに真依は足を怪我していたのだ。

 よろよろと立ち上がると真依は痛みに耐えながらその場から逃げようとする。

 重機をなんとか抑えつけながら楓は考えを巡らせる。


(もし、今この重機のイルフに私が押し負けてしまったら……)


 ──重機はその有り余る勢いでそのまま真依を轢き殺すだろう。


(だったら……!)


 楓は真依を助けようと心のなかで覚悟を決める。


「最大稼働……!」


 楓が力を込めて、その『言葉』を呟くと彼女の髪がザワザワと蠢き次第に光を帯びだす。

 すると突如、楓の上着のブレザーと中に着ているブラウスの袖が炎を上げて燃えて散る。

 炎の下から出てきたのは焼けた鉄の如く、真っ赤な輝きを放つ彼女の両腕だった。


「ァアアアッ!」


 ドンッ!

 楓は叫び声を上げ、振り上げた拳で重機の正面に装備されているブレードを殴りつける。

 楓の放った一撃によりブレードは変形し、重機は激しい音を立て土煙を吹き上げながら後ろへと吹き飛んだ。


「凄い……」


 楓の超人的な力を目の当たりにして無意識のうちに呟く真依。

 楓は走り、距離の離れた重機の横へと回り込む。

 楓を追いかけるように旋回する重機。


(私を狙っている……ただ暴走しているのではない!?)


 胸の内で驚く楓めがけて重機は再び突っ込んでくる。

 楓は腰を深く落とし弓を引き絞るように右手を構え重機を迎え撃つ姿勢を取る。

 ルォオオオオオオオ!!!!

 楓目掛け一直線に迫り来る重機。

 しかし、

 ズンッ!


「ッッッッ!!!」


 なんと今度は突き出した左腕一本で重機の体当たりを受け止めてしまう楓。

 彼女は構えた右手の拳をブレードへ向け真っ直ぐ打ち出す。


「シィッ!!」


 メギィッ!

 短く息を吐いて繰り出した右手の拳の一撃は、重機の正面にあるブレードを深々と貫通した。

 ルォオオオオオオオ!!!!

 だが、それでも重機は動き続ける。

 楓は彼女の攻撃を受け、藻掻くような重機を見てある決断をする。

 重機に突き刺さった右腕に楓は力を込める。

 彼女の右腕はさらに輝きを増し、その光が楓の右腕を通し重機の中へと流れ込む。


「フッ!」


 重機を蹴り飛ばし強引に右腕を引き抜くと楓は後ろへ飛び退き、腹部の前で両腕を交差させ──


「爆破ァッ!」


 叫びとともに両手を握る。

 ドォンッ!

 閃光、轟音、衝撃。

 それらが収まった後、重機がいた場所には焼け焦げ浅く円形に抉れた地面が広がっていた。

 その周りに動くものはなく散らばった重機の残骸のみが存在していた。

 

 楓は自分が爆発させた重機のあった場所の中心を見つめていた。

 哀しげな目をした楓を少し離れた場所から見ている真依。


「……」


 楓の口が何か言葉を呟いたのを真依は見ていた。


『ごめんなさい』


 楓がそう言ったような気がした。

 

 数秒前まで光を放っていた楓の髪と両腕は既に輝きが収まり、重機に襲われる前と同じ様子になっていた。

 楓は辺りを見回し真依を探す。

 地面に座っている真依を見つけると彼女の側へと駆け寄った。


「大丈夫ですか、一ノ瀬さん!?」

「うん、捻って擦りむいた足以外は多分大丈夫」


 少し弱々しくもはっきりとした口調で話す真依を見て楓は胸を撫で下ろした。


「すぐに救急車を呼びます」


 ポケットからスマートフォンを取り出すと楓はロックを解除し電話をかけようとした。

 だが何をしてもスマートフォンは起動しなかった。

 真依のスマートフォンも試そうとしたがこちらも同じであった。


「転がったときの衝撃で壊れたのでしょうか?」


 真依は眉をひそめながら反応がない自分のスマートフォンをポケットへとしまった。

 

 楓は悩んだ。

 少し歩けば公衆電話か民家が見つかるだろうと考え、真依に背中を向け腰を下ろし屈んだ。


「掴まって下さい」


 楓の意図を察し彼女の首に腕を回し掴まる真依。

 自分と真依の鞄を持ち真依の両脚を抱えて背負うと、楓は立ち上がって夜の道を歩きだした──


 +++++


「足、大丈夫ですか?」


 怪我をした真依を気遣う言葉を掛ける楓。

 日は完全に沈み夜空には幾つか見える星と満月が輝いていた。


「うん、強く動かさなければ痛みはそれ程ではないです」


 真依は自分の怪我の状態を素直に楓へと伝えた。

 

 背負われた背中から真依は楓の姿を見た。

 楓の制服はボロボロだった。

 上着のブレザーは燃え尽き、中のブラウスは袖が無くなり、スカートは泥に塗れてところどころ傷んでいた。


「また、助けてもらっちゃいましたね……ありがとうございます、三島さん」


 真依の感謝の言葉に楓は前を向きながらいえ、とだけ返した。

 真依は先程の重機と楓との戦闘を思い出すと昨日の事故でトラックから自分の命を救ってくれたのはやはり楓で現実のことなのだと強く確信した。


 真依は迷っていた。

 重機に襲われる直前に楓の力について根掘り葉掘り聞くのは気持ちの良いものじゃないと確かに言った。

 だが今は楓に質問したい強い衝動に駆られていた。

 その質問を何度か飲み込んだ後、真依はとうとうそれを口にした。


「ねえ三島さん、あの重機は何で私達を襲ったのでしょう?」

「分かりません」


 はっきりと答える楓。


「あの重機はなんで乗ってる人がいないのに勝手に動いたのですか?」 

「恐らくあの重機がイルフだからです」

「イルフってあの?」


 真依の言葉に楓は前を見つめたまま頷いた。


「ええ、近年この国でも普及した新たな労働力。 模造生命体のことです」

「模造生命体……」

 

 真依は改めてイルフについて調べてみようと思い、呟いた言葉を胸に刻んだ。

 そして真依はやや躊躇った後、楓に最も答えて欲しい質問を彼女に投げかけた。


「……ねえ三島さん。 三島さんのあの力は一体何? 

 なんであんな事が出来るんですか?」


 楓へ静かに話しかける真依。


「……」


 だが楓の反応は沈黙。


(まあ、そうだよね……)


 真依は返らぬ答えにそれが当然だなと納得しようとした。

 その時、楓が口を開く。


「それは私が人間ではないからです」

「えっ?」


 雲に満月が隠され、月の光が遮られると夜の闇が一段と濃くなる。

 暗闇の中、再び楓の口が言葉を発する。


「……私はイルフなのです」

「えっ、それって!?」

「先程私が爆破した重機。

 私は……」


 あの重機と同じ存在なのです──


つづく

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