10月の蝉

@une116

第1話 来世邂逅

夏の日差しが肌に刺さる8月。庭先に雑草とともに生えた小さな花が鮮やかに色づいていた。

「吉乃、はよ洗濯物入れなさいな。」最近シワが目立ち始めた叔母であるサト子が言った。「はいはい、今から入れようとしてたんですよ。あ、なにこれ」縁側からのぞいた外は天気雨が降っていた。「やだ、洗濯物が濡れちゃう」慌てて履物をはき、1枚ずつ洗濯物を取り入れ縁側に腰掛けた。「あら、まだあそこに手拭いがあった」起き上がり白い手拭いを取ろうとした瞬間、庭の奥で何かが動いた。「きゃ!」突然のことで動悸がする。思わず声を上げた吉乃は固まりながら目をやる。伸びきった雑草からのそりと起き上がったのは、白い服を着た男性だった。「男の…人?」男は髪が長く、肩にかかるかくらいで背丈は高い。こちらを見つめる瞳はえらく澄んでいた。


一瞬、時が止まったかのようでその時、天気雨のことはすっかり頭から消えていた。「あの‥」吉乃はどちら様ですか?そう続く言葉をかけようとしたが、吸い込まれそうな瞳と男の妖艶で不思議な雰囲気に圧倒されていた。「吉乃!なにしてんの、叔母さんもう帰るわよ」家から叔母の声がし、はっ、と我にかえる。吉乃が後ずさるのと同時に「僕は、」男が喋った。「清鷹と言います。あの、」思わず名乗られ吉乃は知り合いではと脳裏によぎる。「ごめんなさい、自分でもなぜここにいたのか、思い出せなくて。突然起きたらここに。ここは何丁目ですか?」この男が話していることが嘘とはなぜか思えなかった。咄嗟に直感でそう感じたのだ。お酒を飲みすぎたのだろうか?それにしては酒臭くない。「ここは1995丁目です。あの、もしかして体調が優れないのでしたらお医者さんを呼びますか?」吉乃は言った。「1995丁目‥あ、わかった。ちょっと離れてるな。あ、いえ医者は結構です。どこも悪くないんで。」ふっ、と笑った目元には色気があった。(綺麗‥)「呼ばれてましたよね?僕はこれで失礼します。本当にすみません、あの?」吉乃は男の笑顔に思わず見惚れていた。「あ、ごめんなさい!そうだ、叔母さん。こちらこそすみません、あの、そこ通って真っ直ぐ出たら玄関で、そこから出れます。」急に恥ずかしくなった。こんな風に男の人を見て胸が騒ぐのは初めてだ。(どうしよう、見すぎて変に思われたかも…!)「ありがとう」微笑んだ男の目尻に少しシワが現れた。(また笑った)胸が熱くなった。


去って行く白いシャツの後ろ姿が、天気雨に光ってどこかの写真の一部のようだった。男は最後に一度振り返っておじぎをすると、長い髪が顔にかかり、髪を束ねようと手で後ろに纏めながら歩いていく。洗濯物を抱えたまま、遠ざかっていくその後ろ姿をずっと目で追った。


これが私と彼が出逢った初めての日。私の知り得る最初の日。この時にあなたが私を知っていたと知ったなら、あんな風にすぐ案内してなかった。話しかけて、引き留めたのに。だってもっと、あなたの顔を見ていたかったから。

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