第13話 いつかの予定調和
川縁で手ごろな場所を見つけたリリエリ達は、予定通り少し長めの休息をとった。三人が移動を始めたのは、太陽がすっかり南に昇った頃であった。
頭上にあるはずの太陽は、弱い日差しをリリエリに浴びせるばかりでその姿までは見せていない。今日の空も灰色である。
「いやぁ、ゆっくり休めましたね。皆さんの調子はいかがですか?」
「良い」
「ばっちりです」
野営に使ったものを手早く荷台に積みこんで、荷車は危うげなく出発した。ここまではステラが引いていたが、今日からはヨシュアが引いている。
荷車を慮ってか、あるいは荷台に乗るリリエリやステラのためか、ヨシュアの進みは緩やかだった。それでもステラよりは――人間の限界と比べれば、ずっと早い。
おかげで乗り心地は最悪である。四の五の言っていられる状況じゃないことはリリエリだって重々わかってはいるものの。
「このまま川を下流に進むと、広く草原が広がる場所に出ます。シジエノまでの最短ルートではないですが、荷車で移動するにはこちらの方が都合がいいかと」
大きく揺れる荷車にあわや舌を噛みそうになりながら、リリエリは次のルートを示した。
「所要時間はどれほどになるでしょうか?」
「この速度だと……短く見積もって三日でしょうか」
「必要なら、もっと早くできる」
「これ以上は荷車が持ちそうもないので、お気持ちだけ」
リリエリはヨシュアの提案を有り難く固辞した。荷車もだが、リリエリ自身も無事でいられる自信があんまりなかった。というか、今でさえちょっと早い馬車みたいな速度が出ているのに、もっと早くってなんだ。
ガタガタと荷物が揺れる音に混ざって、小さくすすり上げるような音がする。リリエリが音の方向を見ると、ステラがとても控えめに泣いていた。
「えっ」
「ああ、すみません。ヨシュアの成長を感じて、つい」
久しぶりの再会で涙もろくなっているのかもしれませんね、とステラは目元を拭った。それきり、彼女の涙はすっきりと消えた。後に残ったのは、ただただ晴れやかな笑顔だ。
「是非を自分で判断し、必要なら尋ねることができる。言葉にするのは簡単ですが、誰にでもできることではないでしょう」
「アンタらに教わった」
ステラの言葉に、ヨシュアが答えた。リリエリとステラは互いに聞こえればいい程度の声量で話していた。この振動の中、荷車を引いている人間の元に声が届くとは思い難い。だがヨシュアの耳には聞こえていたようだった。
そしてヨシュアの声がリリエリに届いているということは。彼は今、それなりに大きな声を出しているということだ。
ヨシュアは普段大きな声を出さない。言葉足らずなことも多いし、そもそも話すこと自体が得意でない印象だ。
だからこの言葉は、彼がそれほどまでに伝えたいと思っている言葉だ。
「そう、でしたか。そうでしたね」
レダにも伝えてあげないといけませんね、とステラは笑った。その声だって、余すことなくヨシュアに伝わっていることだろう。
□ ■ □
「シジエノに着いたら、まずは安全地帯を確保します。苦労をかけることと思いますが、ヨシュアにはしばらくの間そこで身を隠してもらいたいのです」
これからの事を教えて欲しい、とヨシュアが言った。荷車が草原に踏み入り、走行音がぐっと静かになった時のことであった。
彼が目覚めてからも、昨夜の休息時にも、ヨシュアに詳細を伝える機会はなかった。野営の準備が整った辺りでヨシュアは周辺の露払いに向かってしまったし、リリエリとステラも自身の休息を優先したためである。
リリエリは既に一度聞いている話だ。特に口を挟むこともなく、リリエリは静かに二人のやりとりを眺めていた。やりとりといっても、話しているのは主にステラであったが。
「生活の見通しが出来たら、私は一度エルナトに戻ります。レダに連絡を取るのと、追加の物資を持ってくるためです。その間はリリエリ様がヨシュアのサポートをしてくださると」
「任せてください。ヨシュアさんを一人で置いて置くと、その」
「すぐに死ぬだろうな」
リリエリは一応言葉を濁したが、ヨシュアはきっぱりと断言した。隣でステラが頭を抱えたのが目に入った。ヨシュアにはもうちょっと、こう、なんとかしようという気概を持ってほしいものだ。
「しばらくというのは、いつまでだ」
少しの間、沈黙が満ちた。
リリエリが聞けずにいたことを、ヨシュアはこうもあっさりと聞く。リリエリは答えを聞きたくない。だが隣にステラがいる手前、耳を塞ぐこともしにくい。それにきっともう、聞かないでいられる段階ではない。
「……レダと合流するまでですよ」
にこり、とステラは笑った。不自然なまでに完璧な笑顔が、逆に嘘くさくてならなかった。誰かに見せるための笑顔では、そもそもないのかもしれない。
ヨシュアは、そうかとだけ言った。変わらないヨシュアの態度が、なぜかリリエリは無性に嫌だった。
荷車は滞りなく進んでいる。
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