第6話 為すべきことを成すために


 ヨシュアは邪龍ヒュドラによって呪われている。死なない身体を得る代わりに、やがて邪龍に変わり果ててしまう呪いだ。


 宮廷魔術師レダ、テレジア教祭司ステラの二人は、ヨシュアの呪いを解く方法を探して回っていた。

 だが、解呪の方法は未だ見つかっていない。


 レダは小さな太陽すらも生み出せるような優れた魔法使いだ。その彼を持ってしても、呪いを止めることは――ヨシュアを完全に殺すことは、できなかったらしい。

 死なないという特性は、その実邪龍への変貌を完遂させるためのもの。宿主であるヨシュアを幾ら害そうとも、邪龍の呪いは止まらない。

 

 どうにもならない。しかしその先の可能性を得るための助けを、リリエリの力を、ステラは求めている。


 ステラは深々と頭を下げたまま、リリエリの言葉を待っていた。リリエリの返事を聞くまでは動くつもりは無いと、そんな雰囲気を纏っている。


 リリエリはすぐには返事を出来なかった。

 迷っていたわけではない。目の前の女性の真摯な願いに報いることができる言葉を探していただけだ。リリエリの心は最初から決まっていた。


「私が力になれるのならば、喜んで」



□ ■ □



 すぐにでもやらないといけないことがあります、とステラは言った。静かな部屋の中、やたらと重さを感じる声色であった。


「人の住む場所からヨシュアを遠ざけないといけません」


 呪いの大元である邪龍ヒュドラは周囲を腐り落とすという能力を有している。仮にここエルナトで邪龍が顕現したならば、被害の大きさは計り知れないものとなるだろう。


 だからまず都市から離れる。正しく堅実な判断だ。

 だがこれは、ヨシュアが邪龍に変わり果てることを見越した動きとも言える。リリエリは苦々しい気持ちを抱いた。


「これから私はヨシュアの紋章魔術の修復を行います。一時的にはなりますが、邪龍化の進行を妨げることができるはずです」

「……それで、ヨシュアさんは目覚めるんですか?」

「恐らくは」


 ステラは再び天井に視線を向けた。物音一つ聞こえないが、ヨシュアの身体は再生を続けていることだろう。


「処置が済んだらエルナトを離れます。私には土地勘がありませんから、リリエリ様にも同行していただきたいのです」

「任せてください」

「十分に安全な場所まで移動できたら、その場所で……時間の許す限り、ヨシュアを匿います。長らく壁外に出る想定なのですが、どこか良い行先の候補はございますか?」


 都市から離れた場所にあり、長く滞在が可能な場所。

 リリエリは該当しそうな土地をいくつか頭に思い浮かべ、……この上なく適した場所を、発見した。


「シジエノ廃村という場所があります。人の出入りがなく、古い建物がいくつか残っています」

「廃村ですか。丁度いいですね」


 たん、とステラは柔らかく両手を合わせた。


「では、決まりですね。紋章魔術の刻印には一日程度を要しますから、出発は明日の夜更けにしましょう。その間に、リリエリ様は壁を出る準備を進めてください」


 すぐには戻れないでしょうから、そのおつもりで。


 念を押すように、ゆっくりと。やや目を伏せてテーブルの角を眺めながら、ステラは言葉を切った。いつの間にか、彼女の笑顔が失せている。


 ステラはそのまま数秒ほど面白味のない木の端を見ていたが、直ぐにはっとしたように口元に手を当てた。その手が顔から離れた時には、今まで見ていたのと相違ない笑顔が戻っている。


 今更ながらに、リリエリは気がついた。


 ヨシュアの変貌と死を前にしてなお、ステラは笑顔を保っていた。それをリリエリは、彼女のもつ先天的な強さによるものだと思っていた。

 ステラもまたS級冒険者の一人だ。精神力だって並大抵のものではないだろうと、勝手にそんなことを思い込んでいたのだ。


 違う。

 この状況下でもステラが優雅で穏やかにあれたのは、彼女自身がそうあろうと努力しているからだ。もしかしたら、リリエリが落ち込まないようにしてくれているのかもしれない。


 だったら、リリエリだっていつまでも暗い顔を見せているわけにはいかないだろう。


 ぱんと大きな音を立て、リリエリは自分の両頬を叩いた。


「急いで準備をします。ヨシュアさんを、よろしくお願いいたします」


 微力を尽くします、とステラは微笑んだ。その温かい笑顔に背中を押されながら、リリエリは家を後にした。

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