第24話 答え合わせ


「改めて自己紹介をしてやろう。俺は宮廷魔術師で世界最強の魔法使いにして元S級冒険者のレダ。そこのヨシュアがヒュドラを殺した時に、一緒にパーティを組んでた者だ」

「…………そうですか」

「詳細は省くが、ヨシュアを王都ウルノールから逃がす必要があってな。身一つで壁外に放り出したもんで消息が途切れてたところを、遠く遠くのエルナトでようやく発見したってわけよ」

「…………そうですか」

「そしたら知らねぇ人間とパーティ組んでまた冒険者してるときたもんだ。そいつがどんな人間だか確認しとくのは、元パーティリーダーの責務だろ?」

「…………つまり、アレですか。貴方は私という人間を試すために、ここまで散々色んなことをしてきた、と」

「御名答。そして合格だぜリリエリ。誇りな」


 ざけんな。


 という言葉が口から転がり出そうになるのを、リリエリはすんでのところで、本当にギリギリの縁の縁でこらえることができた。声を出すのも億劫なほどに疲れ切っていなければ、きっと叫びだしていたことだろう。




 あれから。

 あわや殺される寸前だったはずのリリエリは、何故レダが杖を下ろしたのかもよく理解できないまま、呆然と目の前の景色を見ていた。


 まずヨシュアが再び地面に倒れて、それを見ていたレダが魔法を使った、と思う。がつ、とひどく乱暴に地面を蹴りつける音がしたと思ったら、視界の中に急に土室が築かれていたのだ。

 最高峰などと呼ばれるに足る圧巻の光景だ。だが、それを補って余りあるほどに素行の悪い仕草であった。


 そうしてぐったりとしているヨシュアを雑に土室に放り込んだレダは、アンタも入れと半ば無理やりリリエリも土室に押し込んだ。

 いつの間に火を点けたのか、中央では焚き火がぱちぱちと音を立てている。ヨシュアはただ眠っているだけのようで、土室の隅、草などが程よく茂っている辺りに転がされていた。


 好き放題伸びている木の根をそのまま椅子にして座ったレダは言った。


「なんか茶でも出せねぇ?」


 不幸なことに、リリエリはお茶を淹れられるだけの素材や道具を持ち込んでいた。なんかよくわからないまま言われたとおりにお茶を淹れ、ついでに自分の分も用意し、火を囲んで一服。

 壁外、それも森のど真ん中とは思えないほどに快適な空間だった。なんで?


「あの、いや、……ええ?」

「飲んだことない味がする。嫌いじゃないぞ」

「…………あの、貴方、もういいんですか? その、色々」

「慌てんな。後でちゃんと説明すっから」


 レダはぐっとお茶を煽り、おかわりを要求した。そうしてそのお茶をズズッと一口啜り、一つ大きく伸びをして、小さい声でやっぱ面倒だな……などとぼやいた。


 で、ようやく冒頭に至る。


 元S級冒険者レダはヨシュアの知り合いで、行方不明だったところを最近見つけることができて、そしたら知らない人とパーティを組んでいたためちょっかいを出すことにした、と。


 ……最悪の権化か?


「まぁ待て待て。一応理由がちゃんとあるから。アンタもヨシュアをそこそこ知ってるんなら、わかるだろ。ヨシュアが変な人間と組んでたら、かなり不味いことになるだろうが」

「……と、言いますと」

「こいつ、他人の命令ほぼ全部通すぞ」

 

 どんな提案でも二つ返事で肯定し実行するヨシュアが、悪い人間に利用されていたらどうなるか。リリエリはあったかもしれない世界を想像し――ぞっとした。


「流石に極めて倫理から外れてる命令は聞かねぇはずだが、言葉の裏が読めるタイプでもねぇからな。巧妙に言いくるめられでもしたら、……まぁ、うん」

「ああ、……なるほど」


 リリエリは大変苦々しい思いで手元の茶を啜った。気のせいか、先ほどよりも渋みが増したように感じる。

 自分という人間を過大評価するタイプではないリリエリも、このときばかりは自分が最初にヨシュアを見つけた人間で良かったと心から思った。

 ……いや、自分もある意味では利用しているような立場かもしれないが。そこはこう、ヨシュアのできないことをリリエリがやるという形で釣り合いをとるとして。


「だからって、ちょっとやりすぎじゃないですか。本気で死を覚悟しましたよ、私は」

「アンタが本気で逃げるからだろ。アンタの家での態度とか酷かったよな。俺様は宮廷魔術師だぞ? これほど信頼に足る肩書があるかよ」

「私には宮廷魔術師を騙るゴロツキに家屋侵入されたとしか感じませんでしたが」

「ふーん。用心深いんだな」


 レダはいまいち納得がいかないといった様子を隠すことなく声に乗せていた。

 その時、リリエリは過去の出来事を一つ思い出した。ほんの一時期だけ在籍していたパーティのリーダー、アイザックとの会話を。


 曰く。魔法の成功には強いイメージの想起が必要だ。

 曰く。自分は魔法が使えるんだ、という確固たる自信を持っていなければいけない。

 曰く。それゆえ、優れた魔法使いであればあるほど、――傲慢かつナルシストな変人でありがち。


 恐ろしいほどに合点がいった。この男が最高峰に上り詰めるわけである。


「アンタには悪いことをしたとは思ってるよ。でも、俺はやりすぎたなんて思わねぇな。ヨシュアは"邪龍憑き"だぜ」

「……知っている、つもりでした」

「そうだな。実際にああなるまで、信じられなくて当然だろうさ。で、だ。アレを見て、まだパーティを組んでいたいって思う人間が多いと思うか?」


 リリエリは沈黙という肯定で返した。出会った直後の自分であれば、きっと別の選択をしていた。


「ヨシュアのことを何も知らない人間に、相応の覚悟もなく側にいられたら迷惑なんだよ。だから解散する理由をくれてやる必要があったんだ」


 アンタを脅すのが楽しくなかったと言ったら嘘になるけどな、とレダは嘯いた。


 もしもリリエリがレダに屈し、大人しくパーティを解散していたとする。

 ヨシュアは多少は悲しむだろうが――希望的観測だが――"邪龍憑き"であることが理由の解散ではなくなる。それはきっと、リリエリが想像するよりずっとヨシュアの心を救うのではないだろうか。


 リリエリだってメリットはあった。脅しによる解散であれば、解散に伴っていたはずの罪悪感や後ろめたさを全て宮廷魔術師たるレダに押し付けることができる。仕方がなかったと第三者を悪者にしながら、"邪龍憑き"と組むリスクや責任を安全に放棄することができる。


 ……なんてわかりにくい人なんだろうか。

 この努めて露悪的な男を前にして、リリエリはわざとらしく溜息をついてみせた。彼に抱いていた強い悪感情が、どこか彼方に流れていく心地がした。

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