第14話 下ごしらえと探索と
結局ヨシュアは紋章魔術の修復が終わるまでずっとリリエリの作業を見ていた。
「これで完成。魔物避けが効いてるはず、です」
「……うん、効いてそうだな」
リリエリは達成感のままに一つ伸びをした。とはいえまだ一つの作業が終わっただけだ。できることは他にもある。
夕刻と言うには日が高く、まだまだ動く時間もありそうだ。夕食の仕込みをしておこうと、リリエリは使った道具を回収しながら建物の中に戻った。
ヨシュアも後ろについてきている。休憩になっているかは甚だ疑問であったが、彼がそうしたいのならいいか、とリリエリは何も言わなかった。
バックパックから小川付近で採取しておいた薄灰色の草を取り出す。それから道中防具にしたせいでちょっと凹んでしまった鍋。持ち込んだ穀物。乾いた香草、など。
「それは?」
「ネズミヒユという名前の植物です。肉厚の葉っぱで食べ応えがあって、沢山の栄養と幻覚作用があります」
「……そうか」
「毒抜きするので。ちょっと目眩がする程度です。たぶん。食後にさっさと寝てしまえば問題ないです。平気平気」
「そうか……」
安全地帯で食べないと危険なので、むしろシジエノにいる間でないと食べれませんよ。そうリリエリは力説した。そういうものか、とヨシュアは納得した風に頷いた。
「こんなの都市では絶対流通しないですよ。これぞまさに冒険の醍醐味というものです」
「そんなに美味いものなのか」
「ははは、まさか」
「美味しくはないのか……」
ぽいぽいぽいとネズミヒユが鍋の中に放り込まれていく。美味しくない草か……とでも言いたげな視線が注がれていたが、リリエリは無視した。壁外での食事は栄養が何より大事なので。ちなみに次に大事なのは物珍しさである。
「ちょっと煮て、水に数時間さらしておけば下ごしらえはオーケーです」
薄汚れたかまどの中に薪を入れ、その辺にあった適当な枯草を入れ、点火。鍋をドン。水をバン。手慣れたものである。
「そういえば、昔は湯の沸く小鍋を使っていなかったか」
「あぁ、あれは食人カズラの」
囮に使いましたと続けようとして、リリエリは踏みとどまった。あの時壊れた杖のことを非常に気に病んでいたヨシュアのことだ、小鍋も失っていたと知ったらますます気を落とすかもしれない。
末席ではあるが、リリエリだって冒険者。冒険中に道具を失ったのであれば、それは自分の責任なのだ。変にヨシュアに萎縮されても居心地が悪い。
「……食人カズラの煮物を作ったら、壊れちゃいました」
「アレは、食べられるのか」
食べられない。というか人間を食べた可能性のある魔物なんて食べたくない。が、自分の撒いた種を速攻で焼却するわけにもいかず。リリエリは絞り出すような心地で、そうなんですよとだけ返した。
ヨシュアは良いことを聞いたみたいな表情で頷いている。正しくないことを教えてしまった罪悪感に、リリエリの心がチクチク痛んだ。願わくば二度と食人カズラに出会いませんように。
「……なので、今回は火を点ける道具と水を出す道具を別々で用意したんです」
「なるほどな」
などと話しているうちにネズミヒユは良い塩梅である。湯をさっと捨て、冷たい水をドボンと加えて適当に放置。今夜の仕込みはこのくらいで良いだろう。
さて、次の作業に向かいたいところだが。
「ヨシュアさん。私、これから村を回って使えそうな物を集めてこようと思うんですが、……一緒に来ますか?」
「行く」
即答だった。リリエリの想像していた休憩の形とは異なるが、きっとこれが彼なりの休憩なのだろう。
■ □ ■
シジエノ廃村の中心部は比較的無事な様相を見せていた。大多数の建物は建物としての形を残しており、魔物による破壊の痕跡はさして見られない。どちらかと言うと風化による被害の方が大きそうに見える。
「この辺りは結構綺麗だな」
「そうですね。この辺りに住んでいた人は、きっと無事に逃げることができたんでしょうね」
希望的観測に過ぎない。それでもリリエリは救いのある言葉を口にしておきたかった。
「綺麗な布や服が残っていればいいんですけ、ど、」
リリエリは近くの木造の家に入ろうとして、足を止めた。
蜘蛛の巣だ。行きの道でも目撃した頑丈そうな蜘蛛の巣が、バリケードのように玄関扉を封鎖している。
「ヨシュアさん、近くに魔物はいますか」
「いない」
リリエリは緊張に強張った肩の力を抜いた。リリエリも魔物の気配には敏感な方であるが、ヨシュアのそれは群を抜いて鋭い。彼がいないと言うのであれば、これほど心強い言葉はなかった。
「端にコウモリが引っかかっていますね。喰われてないということは、こっちの家も放棄されて久しいのかもしれません」
ここでも蜘蛛か、とリリエリは眉をひそめた。道中でもやたらと蜘蛛の姿を見た。シジエノ周辺は蜘蛛の魔物が多く生息しているのかも知れない。
面倒な相手だ。蜘蛛の巣に引っかかればヨシュアの力をもってしても抜け出すのが容易でないし、巣を介して音もなく縦横無尽に動かれては姿を補足するのも難しいだろう。巣が火や熱にとても弱いことだけが救いだ。
リリエリは点火器を用いてミスルミンのナイフを炙り、慎重に蜘蛛の巣を切り裂いた。熱を加えさえすれば、リリエリの力でもなんとかできそうだ。
蜘蛛の巣の下から現れた赤茶色をした玄関扉のゆっくりと押し開ければ、軋む音と共にぶわりと埃が舞い上がる。
傾きつつある陽の光に照らされた埃が落ち着くのを待ってから、リリエリは家の中へと足を踏み入れた。前に住んでいたであろう人たちに、心のなかで手を合わせながら。
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